──ガラの悪い中年男の昔語りという、島本作品では見たこともないような文体が使われています。
島本 最初は自分でもいけるのかしら……と思ったんですけど、私、よく一人で飲みにいって隣りの席のおじさんに延々と話しかけられることがあるんです。酔っ払っている人って無防備に何でも喋るし、時系列も無茶苦茶で、喋りたい事だけ喋るあの感じを思い出して、語る身になってというよりもどちらかというと聞かされる身になって書いたら、いけました。まさか飲み歩いているのが小説の役に立つとは(笑)。
──ここで描かれる十七年前の出来事が、インモラルなのにどこかピュアで、ひどく色っぽくて……。晴雨さんのような男性像というのはどこから生まれてくるのでしょうか。
島本 青春小説や若い人向けのテーマを割と多く書いてきたのですが、今回はもう少し大人の読者も楽しめるものにしようという気持ちが強くありました。なので二人の関係もただ年の離れた男女というだけでなく、年下の綿貫さんにしても三十過ぎの大人で駄目な部分があったり策を弄していたり。晴雨さんも、私の書く年上の男性は若い女の子には素敵に思えるけどもう少し上の人からみると「ただのひどい男よ!」というのが多かったんですけど、彼に関しては年上の女性も「こういう男にはひっかかっちゃうかもしれない」と思えるような一種独特の魅力のある人にしたかったんです。
年の離れた恋愛で一番惹(ひ)かれるのは、全く違うふたつの世界がぶつかり合うというところです。年が近いとそれだけで共感できる部分も多かったりすると思いますが、そうではない年の違う男女がなぜか心が通じ合ってしまうというところに魅力や幻想があるんです。そんな相手といったい何でつながるのかといえば、きっと孤独や寂しさや互いにしか理解できない世界観ではないでしょうか。それを言葉ではなくなんとなく感じるってロマンチックなことだと思います。
──「真綿荘の恋人」のラストを読むと、全く違うふたつの世界を結ぶ互いにしか分からない何かが、個人的な幸福感というものなのかもしれないと思います。
島本 この数年、すごくいいと思った小説がどれも個人的な幸福感を描いたものだったんです。それでようやく「私、こういうものが好きだったんだ」と気づいたので、これまで無意識にやっていたことを今回は自覚的にやってみました。今後もそういう自分が新たに獲得した感覚を注ぎ込んで、年代をスライドしていくのではなく、年齢が重なることで幅が広がるような書き方をしていきたいなと思っています。
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