──そんな初心(うぶ)で少々鈍感な大和君が「海へむかう魚たち」では大学の先輩に引きずられて駆け落ちしてしまいます。
島本 どうせなら暖かい南へというくらいのゆるい理由で行き先を決める学生二人が、聞いたことある地名だし温泉があるらしいしと思いつきで決めた感じを出したくて、別府に取材に行ってきました。デビュー当初はあまり取材しなかったのですが、この数年は色々な人に話を聞いたり地方に行ったりしています。風景に心理描写をのせることが多いので、景色が変わるだけで小説が一本浮かんできたりします。小説も旅も非日常という点で同じなので、私の中でうまくリンクして想像力が働きやすくなるんです。
──大和君を振り回す絵麻(えま)のような個性の強い人物が出てくる他の話に較べると「シスター」は、鯨ちゃんに恋する荒野(こうや)先輩も家庭環境に傷はあってもまともな青年だし、彼女のコンプレックスも誰しも似たものは抱えている気がしますね。
島本 以前書いた『クローバー』の主人公にはコンプレックスを武器に転じる過剰な女子力があったんですが、本当はそんなふうにできるのは一部の強い人だけで、やり方もタイミングも分からないという人がほとんどだと思います。そんな王道の流れを踏まえて、鯨ちゃんにはいい意味で普通の、悩んだりもするけど気立ての良い女の子というイメージを大事にしました。荒野先輩も、基本的には普通のいい人というところが鯨ちゃんと共通しているので、この二人の視点の書き分けは案外難しかったです。根っこが似ているんですね。
──視点に合わせ文体も非常に意識的に変えてありますね。
島本 登場人物のイメージが最初からしっかりあったので、各章の雰囲気に合わせて文体を選ぼうというのも書き出しから決まっていました。椿が語り手の「清潔な視線」などはこれまで書いてきたものの雰囲気に近く、かつ女性同士の関係ということで現実の自分の恋愛観との距離もとりやすくて、一番自然に書けたかなと思います。椿の止まったままの時間という深刻なテーマにふれつつハッピーエンドにできたのも、女性同士だからというのが大きいかもしれません。
──そして核心の二人の関係に迫る話が「押し入れの傍観者」と、綿貫さんが語る最終章「真綿荘の恋人」ですね。
島本 ここまでは時間が順番に流れていくのですが、下宿には歴史があるはずですし、綿貫さんと晴雨さんの過去については謎に包まれたままにしているので、「押し入れの傍観者」でぽーんと時間を飛ばしてみたらもっと小説として広がりが出るのではないかと思いました。
-
『赤毛のアン論』松本侑子・著
ただいまこちらの本をプレゼントしております。奮ってご応募ください。
応募期間 2024/11/20~2024/11/28 賞品 『赤毛のアン論』松本侑子・著 5名様 ※プレゼントの応募には、本の話メールマガジンの登録が必要です。