その他、「3・11震災孤児遺児文化・スポーツ支援機構」という一般社団法人を立ち上げて、震災で両親を亡くしたけれど「ピアノを習いたい」という子に中古のピアノを届け、先生のレッスンもつけてあげたり、といったような、きめ細やかな支援活動も始めています。また、今は個人的にも東京に進学した孤児・遺児の面倒を見ることができれば、と思っています。幸い経済的にも余裕があるし、我ながらおせっかいなおばさんなので、彼らの行く末を見守っていきたいんです。
林さんの活躍は、被災地にとどまらない。資金集めのため、東京のど真ん中、花の銀座で「夜の蝶」になったのだ。そして今、作家として、何を思うのか……。
被災地に行けば行くほど「先立つものはお金なのよね」としみじみ感じます。さて、次は何をしようと頭を捻っているうちに飛び出したのが「復興銀座ママプロジェクト」でした。座っただけで5、6万円かかる銀座の最高級クラブを、お客さんの少ない午後6時から8時までの二時間だけ1ヶ月限定で借り、1人2万円で飲み放題という特別料金を設定し、いろんな方が1日ママを務めてお客さんを集め、売上金をそっくり寄付金にする、という企画です。1人でも多くの魅力的なママを、とさまざま声をかけたのですが、ママをやってみたい人が多いこと、多いこと(笑)。漫画家の西原理恵子さんに勝間和代さん、バイオリニストの川井郁子さん、そうそう、黒木瞳さんも1日やってくださいました。結果、1ヶ月で1700万円も集まりました。協力してくれたママたちが関わっている団体をはじめ、さまざまなところに直接まとまったお金を渡すことができ、ホッとしました。
去年一年間、私は本当にがむしゃらに動きましたが、だからこそ見えてきたことがあります。夏は復興支援と称して宮城の松島に行き、日本にはまだこんなに美しい風景が残っていたのかと感動しました、一昨年までは海外ばかり出かけていましたが、松島に行って本当に良かった。遅ればせながら“ディスカバージャパン”体験をさせてもらいました。
その一方で、憤りを感じることもあります。去年うんざりするほど「絆」という言葉を聞いたのに、いざ瓦礫の処理の話になると断固反対って、一体どういうことなんでしょう。
風評被害がかわいそうと言いつつ、子供には福島のものを食べさせないとか。朝日新聞の「声」欄に、「私たちはもう年寄りです。何年も生きられません、どうぞ福島のものを食べさせてください」という投書がありましたが、こういう方がもっと増えるといいな、と思います。
自分の価値観が足元から崩れてしまうような経験をした2011年は、出版文化もまた、大きな揺らぎを見せた年でした。ただでさえ不景気なところに、震災後は本がさらに売れない。そして電子出版の普及は、本の違法コピーの横行を招いています。「このままでは出版文化が守れなくなる」と、私も含めた作家、漫画家七人で本のスキャンをする“自炊”代行業者を提訴しました。正直、提訴することでまたネットで叩かれるかもしれない、とビクビクしていましたが、提訴メンバーの1人でもある東野圭吾さんが「ネットの悪口なんて書かせておけばいいじゃないですか。業者がしていることは明らかにドロボウなんですから」ときっぱり。目から鱗が落ちました。そう、私の読者は、ネットで好き放題言う人ではなくて、雑誌で私の文章を読み、本を買ってくれる人なんです。だったら、きちんとその読者に向かっていい仕事をすればいい、という気持ちが一層強くなりましたね。
今、ネットの知識や文章だけで育った人たちが、どんどん増えています。内容が空疎な文章ばかり読んで、それが面白い小説だ、文学だ、と思い込んでしまうことが多くなるんじゃないか……。恐怖にも似た感情を抱くことがあります。
私がデビューした1980年代には、少女小説が流行っていました。セリフの連続でページの下半分が真っ白というとんでもない本ばかりだったけど、それが何十万部も売れていました。書き手不足でフリーライターやコピーライターが総動員されましたが、あっという間に淘汰されました。当時は出版業界も景気が良く、みんな浮かれていましたね。
でも、そんなことが続くわけがない。今回の震災が起きたことで、日本人は水も電気も使い放題の生活はもう続かないと気づいたんです。私たちは今、何をすべきなのか。守るべき価値は一体何なのか。その根本的な問いを、もう一度突きつけられています。
先日、ある方に「林さん、こんなに被災地に行って、いろんなことを経験しているんだから、いつかこれを小説にしてね」と言われました。正直、即答はできませんでした。小説はエッセイと違って、そのモチーフを形にするまでに、10年、20年、どのくらい時間がかかるかわからない。
でも、どれだけ時間がかかっても書くつもりでいます。
そして、これからもずっと、被災した方々、そして石巻の中学校の子供たちに寄り添いながら、2011年のことを考え続けていきます。
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『赤毛のアン論』松本侑子・著
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