『文藝春秋』に約2年間連載した「現代の家系」を『日本の血脈』とタイトルを改め、先ごろ出版した。雑誌掲載中、目をとめて下さった方もいるだろうか。この企画は話題の人を家系図つきで紹介し、ファミリーヒストリーの中で見つめようという試みだった。
第1回目で取り上げたのは政治家の小泉進次郎。政治家になって当時はまだ1年目、だが、早くも注目の的であった。曽祖父・又次郎から代々続く政治家一家の4代目である。世襲批判を叫ぶ一方で、そんな彼に人々は熱狂している。こうした日本の現状も踏まえて、この家の歴史を遡ってみたいと考えた。
「小泉組の親分」といわれた鳶頭の又次郎が馴染の芸妓の支援を受けて政界へと飛び出していく。見えてきたのは男たちを代々、「政治家」に仕立てていく、この家の女たちの屈折した強さだった。政治家になりたくてもなれない、そんな女たちの執念が4代の政治家を生み出した原動力と感じられた。また、幕末の動乱によって未開地から軍港となった横須賀の歴史が凝縮した家でもあり、「血」と並んで「地」についても考えさせられることとなった。「地」ということでは小沢一郎も岩手を抜きにしては語れぬ人だった。現在、彼が暮らすのは東京世田谷の大豪邸だが、一方、岩手県水沢には彼の育った板肌の黒ずんだ木造の家が今もある。そのあまりの差異。
一郎の父、佐重喜(さえき)は貧しい農家に生まれたが、小さな頃から「大臣になる」と周囲に語った。丁稚に出そうとする父に反抗して家出し、苦学の果てに夢を叶えるのだが、それにしても、なぜ子ども心に大臣に憧れたのか。ここにも、やはり「地」が関係している。小さな水沢の町からは斎藤実、後藤新平と2人も大臣が出ており、その誉れが少年の心に刻まれたのだった。
これまで度々、取沙汰されてきた小沢一郎と大手ゼネコンとの関係も岩手の歴史と無関係ではない。賊軍とされた南部藩家老の血を引く原敬は、同じく南部藩士の末裔である鹿島組の3代目社長、鹿島精一と手を結ぶことによって薩長閥に対抗し、故郷岩手の公共事業と開発を推進した。この構図が小沢親子に引き継がれたのである。
賊軍、といえばNHK大河ドラマ「八重の桜」では先ごろ二本松城の戦闘シーンが放映された。ジョン・レノン未亡人であり前衛芸術家でもあるオノ・ヨーコの物語は、まさにそこから始まる。官軍が二本松城内に踏み込んだ時、そこは一面血の海であった。自害して果てた女たち、だが、その中にまだ息のある少女がいた。岡山藩士の税所信篤は殺すに忍びず連れ帰って自分の妻とする。やがて2人の間に娘が生まれた。これがオノ・ヨーコの祖母である。その息子、俊一は白系ロシア人バイオリニストの小野アンナと結婚。アンナは、諏訪根自子、前橋汀子ら世界に通用する日本人バイオリニストを育てた。賊軍と官軍、ロシアと日本、ヨーコとイギリス人であるジョンに至るまで、この家では戦争をした国の男女が結婚という形で結びついていく。
世界的に活躍する指揮者、小澤征爾の師匠は斎藤秀雄。その斎藤と征爾が血縁関係にあることは、今回初めて知った。秀雄の父は英文法学者の斎藤秀三郎。秀雄はこの父が開発した英文法理論を指揮法に応用し、縁戚の子である征爾に夢を託して壮絶にしごいたのだった。
“現代の歌姫”中島みゆきは家系図を引いてみたところ三笠宮家と繋がり、驚かされた。また、谷垣禎一の祖父は汪兆銘工作にかかわり、「陸軍の謀略機関長」と言われた影佐禎昭中将である。美智子皇后の曽祖父は佐賀藩士として会津城攻めに加わりアームストロング砲を打ち放ち、その城内では紀子妃の曽祖父が応戦していた……。
と、エピソードのほんの一端をここに紹介したが、誰を取り上げるべきかは、常に頭を悩ませるところだった。読者の方々が興味を抱く人物であり、なおかつ、豊潤な物語を含んだ家系の持ち主となると限られてしまうのではないか、と。だが、それは杞憂であった。実際には予想を上回る物語の広がりに、いつも圧倒された。人はこれだけの歴史と物語の集合体として存在するのか。そして、それは何も有名人に限らない。私たち、ひとりひとりにも当てはまるのではないだろうか。
ご本人には毎回取材依頼をしたが断られることが常だった。だが、別の手法で対象に迫れたことを今では幸いであったと考えている。当事者インタビュー、あるいはブログやツイッターでの本人発信の言動が主流となりつつある昨今、他者が他者に迫るという評論、ノンフィクションの手法も意味のあることと思いたい。収めたのは全部で10篇。今回、大幅に加筆した。お手に取って頂けたら嬉しい。
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