書評

『円卓』解説

文: 津村 記久子 (作家)

『円卓』(西加奈子 著)

 戦略的といえば、文体もまたそうである。全体としては、ときどき助詞が抜かれる鋭くて投げ出すような印象を与える文で統一されており、部分では、大阪弁が入ったり、夕食のシーンのように凝った組み立てが施されていたり、えんえんと会話文が続き、それだけで学級会の喧騒を想像させたりするような仕掛けがある。ぽっさんの物静かな五つ上の兄さんの名前がいつまでも明かされないことや、夜、同じ公団に住むぽっさんに琴子が話しにいくのに石太がついていく場面で、石太が持参した日常英会話辞典の内容と、風景や琴子たちの会話が交差していく様子なども、とても美しい。いずれのやり方も、物語が文章で書かれることの効果が、貪欲に追求されているさまのぜいたくさ、豊かさがある。

 硬いことばかり書いているけれども、本作は、本当にげらげら笑って読める小説でもある。何より読み手は、本を閉じる時に、ありえないほどの個性を持ったいとおしい登場人物たちと離れてしまうことを、名残惜しく思うだろう。わたしも、手芸部の玉坂部長が出てくるシーンにはすべて付箋を貼って、ときどき読み返してはほくそ笑んでいる。かっこよすぎて、読んでいて悶絶(もんぜつ)して死にそうになる玉坂部長の生き様ではあるが、この徹底的な一本気さ、率直さは、大人びているようで中学生の純粋さをこそ根拠にするものだろう。そうなのだ、手芸の道は女性のたしなみなどではなく、職人を極める険しさへと通じている。一人称が「儂(わし)」で、将来秀吉の小説を書きたいというベトナム人のゴックんも大好きだ。小説の中で、こんなに素敵な子供は見たことがないというほど好きだ。

 そして、琴子の親友と言える、吃音のぽっさんが琴子にあやまる場面は、ずっと読んだ人の胸に刻まれるだろう。ぽっさんの、後も先もない絶対的な後悔は、ただ混じりけがないという意味で美しくさえある。子供が大人になりたいと願う感情は、こんなにも尊いものなのだ。

 子供が世界を生きる、世界を感じる、ということ。何かが起こる/起こらないに関わらず、それ自体がすでに奥深い物語をはらんでいる。自分がいつの日か耳にした、世界の軋む音が聞こえる。『円卓』は、その裂け目から差し込む息の詰まるような光を、今一度思い出させてくれる作品である。

円卓
西 加奈子・著

定価:470円+税 発売日:2013年10月10日

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