書き上げた原稿に直しはほとんど入りませんでしたが、たった1つ「ヒロインの顔が目に浮かぶように、女優をイメージして具体的に書いて欲しい」と言われたことに面食らいました。結局、若い頃の梶芽衣子をイメージして、顔立ちを書き足したものです。
装丁が決まり、完成した本を手にしたときの感動は今も鮮明に覚えています。生まれて初めて自分の原稿が本になったのです。やっと授かった我が子と対面した気持ちでしょうか。子供を持った経験はありませんが、小説家にとって著作は子供も同然です。
やっと陽の目を
私は「邪剣始末」を面白い小説だと思います。だから売れると信じていました。でも「面白いから売れる」というのは「歌が上手いから演歌歌手として成功出来る」と同じくらい浅はかな考えだと思い知らされました。
時代小説文庫は毎月新刊が出ます。新刊が出れば本屋さんの棚を明け渡さなくてはなりません。宣伝もなく、批評で取り上げられることもなく、ひと月の間に売り上げを伸ばせなければ消え去るのみです。今現在時代小説文庫でシリーズ化されている作品群は、すべてその過酷なサバイバルゲームを勝ち抜いてきた勇者たちです。
私は「邪剣始末」が売れなかったことを恨んだり、悔しがったりはしませんでした。ただ、作品に心から申し訳ないと思いました。作者の私が受賞歴のない無名の新人でなかったら、宣伝してもらえたかも知れない、あるいは批評で取り上げてもらえたかも知れない。そうすればもう少し世間の耳目を集めることが出来たのに……と。
今回「月下上海」で松本清張賞を受賞したことをきっかけに、「邪剣始末」を再刊していただけることになりました。受賞が嬉しいのは言うまでもありませんが、この再刊の話も同じくらい嬉しいものでした。不甲斐ない親を持ったばかりに辛い目に遭わせた我が子に、やっと陽の目を見せてやれる……そう思うと感慨もひとしおです。
そして、幸せなことにシリーズ化のお話もいただきました。1度は別れた懐かしいおれんにまた会える……再会を1番喜んでいるのは作者の私です。
もう「邪剣」は始末してしまいましたから、今度は新しい冒険の旅になります。おれんや文三、太一と一緒に旅をする日が、今から楽しみです。
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『赤毛のアン論』松本侑子・著
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