「受賞歴のない無名の新人がデビューしようと思ったら、時代小説の連作短編じゃないと難しいですよ」
「じゃ、それ書きます」
その場でパッと思いついたプロットが「ヒロインが呪われた剣を始末する旅に出る」というもの。
「へえ。面白いね。呪いの剣は1本が流転するの? 何本もあるの?」
「何本かある方が書きやすいです」
2006年の暮れのことです。
もう年齢的に脚本家デビューは無理と分かり、小説にシフトしたものの新人賞は遠く、お先真っ暗で八方ふさがりという時期でした。私は松竹シナリオ研究所で同期だった脚本家大原久澄さんに出版プロデューサーMさんを紹介され、藁にもすがる思いで事務所を訪ねました。そこで冒頭のようなやりとりがあり、「邪剣始末」(廣済堂)を書くことになったのです。
思いつきで口に出したものの、私は刀剣にも剣術にもまったく知識がなく、一から勉強はもちろん、どういう経緯で呪いの刀剣が誕生したのか、何故ヒロインがそれを始末するハメになったのか、ストーリーの枠組みさえ皆目見当が付かない状態でした。
ただ、邪剣を始末してゆくヒロインの凜としたイメージだけが、頭の中に浮かんでいました。
敬愛する師の遺言で……とまでは考えたものの、そんな立派な人がどうして邪剣を作っちゃったの? そう思うと行き詰まり、苦し紛れに「そうだ、奥さんをマノン・レスコーにしちゃえ」と誕生させたのが伽羅(きゃら)です。マノン・レスコーをひと言で表現すれば「悪気はないけどインランでぇ~す!」。
そこを突破すると後は簡単でした。短いプロットを作って書き始めると、登場人物たちが勝手に芝居を始めてくれます。当初は思いもよらなかったアイデアが、書いている途中に次々と湧き出して、プロットを裏切って話が展開し、プロットとは全然違うラストになりました。第1話から最終話まで、迷ったことはありませんでした。
ただ、時代劇の脚本は勉強したので台詞は書けるのですが、時代小説を書いたことがないので、地の文を書くのに四苦八苦しました。たった1行の文を書くために資料を何冊も調べることも再三で、気持ちは先へ進みたいのに足を取られて身動き出来ず、時代小説は時間が掛かると身に沁みました。