アイドルグループ「でんぱ組.inc」のメンバーである夢眠ねむさんに、朝井リョウさんの最新刊『武道館』を朗読していただきました。 「アイドルという職業が背負う十字架について、考えて考えて、考え抜いて出た結論を書きました」と朝井さん本人がおっしゃるとおり、 この作品は武道館を目指すアイドルグループの爽やかな青春小説では終わりません。 アイドルファンの方にも、そうでない方にもぜひ読んでいただきたい傑作です。『武道館』発売の4月24日まで全5回にわけてお届けします。
ダンスレッスンのためにスタジオに集まった、NEXT YOUの5人。メンバーのひとり、真由がダンスの先生に注意された理由とは。(『武道館』第2章より抜粋)
「真由、いま変なダイエットしてるでしょ? 体力がないときって、振りを踊ることよりも体を止めることのほうができなくなるから」
変なダイエット、という言葉に、真由の表情が曇った。
「自分のこと考えるのももちろん大事だけど、自分たちのパフォーマンスを見てくれる人たちのこと想像しながら踊らないと」
「すみません」
「すみませんじゃなくて」
先生が真由を見る。
「やめな、ダイエット」
鏡に映るスタジオの右端、愛子たちの荷物がまとめられている場所、そこにぽつんと置かれている、携帯とドーナツ。
「すみません」
やめます、とは、真由は言わなかった。
「……はい、じゃあ、ちょっと細かく注意するとこ言ってくから、ノートとペン持ってきて」
先生は、諦めたようにその場から立ち上がった。「ちょっと隊形いじったりもするかもだから」
メンバーはそれぞれ、レッスン用のノートを常備している。注意されたことや変更点などは、メモをしておかないとついていけない。愛子は、リュックに入れっぱなしにしていたノートを取りに、スタジオの隅へ向かう。
みんなの荷物がまとめられている場所にしゃがみこむと、ぷんと、甘いドーナツのにおいがした。
梅味の茎わかめをずっと口の中で転がし続けていた真由、そのとなりに座っていた自分。あの電車の中で愛子は思った。それぞれ全く別の場所を見ている人たちの注目が一点に集まることなんてあるのだろうか、と。
愛子はスタジオの隅から、スタジオ全体を見る。真由の背中を覆うTシャツの汗、そのしみの形を見る。
いま、確かに、今までNEXT YOUに向いていなかった人たちの視線が、少しずつ集まってきていることを感じている。そしてそれが、自分たちが望んでいない種類の視線だということも、皆、うすうす勘付いている。
ノートを取り出そうとすると、携帯の画面が光っているのが目に留まった。思わず手に取る。マネージャーからメンバーに連絡が入っている。
【アイドル戦国時代最終軍企画、好評につき第2弾決定。日程は未定。修整入るとはいえ、コンディション整えておくように】
――コンディション整えておくように。
顔を上げると、もう愛子以外のメンバーは先生のもとに集まっていた。愛子も慌ててその輪に混ざる。
「じゃあまずるりか、六人のころのクセで外側に広がっちゃうことが多いから、そこはいつも意識して。あと波奈は他のメンバーより背が高いから、低い姿勢になるところでやっぱり目立っちゃう」
はい、と、るりかと波奈がそれぞれ返事をする。窓もないレッスンスタジオでは、何も起きなくたって、みんなで自然にある一点を見つめることができる。
真由の前髪から、汗がぽたりと一粒、落ちた。
確かに、世間の視線はこれまでよりも集まっている。ただ、NEXT YOUに、というよりは、真由個人に。(つづく)
「でんぱ組.inc」夢眠ねむ、朝井リョウ著『武道館』を朗読!
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