2014.12.27 書評

かなり素敵な世代

文: 光原 百合 (作家)

『時をかけるゆとり』 (朝井リョウ 著)

 少し前のことだが、病院でMRIなどという物々しい検査を受け、後日結果を聞きに行くことになった。その病院はいつも混んでいて、二時間待ち、三時間待ちもざらであった。本好きにとって待ち時間というものは、読む本さえ手元にあればそれほど苦痛ではない。むしろ「他にできることがなくて本を読んでいればいい」という状況は、どちらかといえば幸せに近いくらいだ。しかし、さすがに「検査の結果待ち」という気の重いシチュエーションで、そんな能天気な気分にはなれなかった。どんな本を持って行こうと考えても、暗い話や後味の悪い話は論外。心がへたれているので、読むのに知力体力が必要な本格ミステリや冒険小説も無理。魂を揺さぶる感動の名作!を読むのもしんどい。しみじみした名作佳編、というようなものならよさそうだが、そういうコンディションのときだと、うっかりするとしみじみしんみりじめじめうつうつ、と落ち込んでいくのではないかと心配だ。こんなときに読みたいと思える本は意外に見つけにくいと実感した。

 その点、このエッセイ集『時をかけるゆとり』を手に取った方は運がいい。誰もの人生に、形は違えど必ず訪れるだろうそんな時間を救ってくれる本だ。何の予備知識もないまま、どこからどう読んでも楽しめる。とにかく面白い、おかしい。何度も噴き出しながら読み終えた後、心がほんのりと晴れている。もしあなたが、これから憂鬱な待ち時間を過ごさねばならないというときに店頭でこの本を手にとったのだったら(そうでなくても)、迷わずレジへゴー、である。

 

 作者の朝井リョウさんについては今更紹介するまでもないだろうが、早稲田大学在学中に『桐島、部活やめるってよ』で第22回小説すばる新人賞を受賞してデビュー。同作は映画化もされて大ヒットしている。大学卒業後は会社員として働きつつ執筆、『何者』で第148回直木賞を受賞(男性作家としては史上最年少)。直木賞受賞後第一作の『世界地図の下書き』では第29回坪田譲治文学賞を受賞。まだお目にかかったことはないが、著者近影を拝見するに極めて爽やかなイケメン。ご本人は本書の中で自分のことを「馬顔」と何度も書いておられるし、確かに面長でいらっしゃるが、それがどうしたというのだ。我が敬愛するクラウス・ハインツ・フォン・デム・エーベルバッハ少佐だってベネディクト・カンバーバッチだって、堂々たる面長で、れっきとした二枚目である。何の話だ。

 いやつまり何が言いたいかというと、朝井さんがキャリア・外見ともにまばゆいばかりの存在である、ということなのだが、本書を読んでいるとおそらくそんなふうには思えまい。主に学生時代を中心に(本書が単行本として出版された際のタイトルは『学生時代にやらなくてもいい20のこと』であった)、カットモデルを務めたり、コンセプトカフェに行ったり、二日がかりで百キロ歩いたり、六日がかりで東京から京都まで自転車で走ったり、どこにでもいそうな(ちょっとだけ無謀な?)若者がやりそうなエピソードが満載だ。だがもちろん、それを描くのが作家・朝井リョウだから、どこにでもある話にはならない。

【次ページ】

時をかけるゆとり
朝井リョウ・著

定価:本体550円+税 発売日:2014年12月04日

詳しい内容はこちら



こちらもおすすめ
書評僕らは「成功」への強迫観念で がんじがらめになってはいませんかね?(2014.10.03)
書評占いとの大きな違いは、 「ちゃんと根拠がある」。(2013.03.11)
書評学生運動の「闇」と団塊世代の 「謎」に迫る異色ミステリ(2012.05.29)
インタビュー・対談公開対談 綿矢りさ×道尾秀介 小説家は幸福な職業か?(2014.06.20)
書評人生を選択する瞬間(2010.10.20)