アイドルグループ「でんぱ組.inc」のメンバーである夢眠ねむさんに、朝井リョウさんの最新刊『武道館』を朗読していただきました。 「アイドルという職業が背負う十字架について、考えて考えて、考え抜いて出た結論を書きました」と朝井さん本人がおっしゃるとおり、 この作品は武道館を目指すアイドルグループの爽やかな青春小説では終わりません。 アイドルファンの方にも、そうでない方にもぜひ読んでいただきたい傑作です。 『武道館』は本日発売! 朗読も今日が最終回です。
ダンスレッスンのためにスタジオに集まった、NEXT YOUの5人。メンバーのひとり、真由がダンスの先生に注意された理由とは。(『武道館』第2章より抜粋)
いつのまにか、眠ってしまっていたらしい。電気が点いたままの部屋で、愛子はいま、自分が時計のどのあたりを浮遊しているのか分からなかった。
左向きにベッドに横たわっていたからだろう、左腕がぴりぴりと痺れてしまっている。目覚まし時計を見ると、どうやらいまは深夜の二時をまわったところらしい。デジタル表記の数字も、できれば見たくないと思っていた日付にこっそり変わっている。どうしてこんな寝方をしてしまったんだっけとぼんやり考えていると、枕のすぐそばで力尽きている携帯電話を見つけた。
動画を観ていた。少しずつ、記憶が戻ってくる。そうだ、今日のことを考えなくて済むように、これまで撮ったレッスンの動画を観ていたのだ。
愛子は、ベッドの上で思いっきり体を伸ばす。こんな夜中にふと起きた自分は、神様にだって見つかっていない気がする。九月の終わりは、布団の種類がなかなか決まらない。冷たくなっている部分を探すように、愛子はぺたんこの布団の上をごろごろと転がる。
今日のためにコンディションを整えておくように――マネージャーからそう言われていたにもかかわらず、風呂も入らずに寝てしまった自分がここにいる。もう朝のシャワーで済ませてしまおうと思い、愛子は、裏返しになっている携帯を手に取った。
小さな画面の中で自分たちが踊り始める。スタジオでのレッスンの際、全員で曲を通すときには、携帯のビデオカメラでこうして動画を撮っておくことがある。忘れてしまった振りを思い出したり、イベントの前日にイメージトレーニングをするときなどにとても助かるのだ。
いま観ている動画は、二週間ほど前のレッスンのものだ。五人体制での初めての曲、その通し練習の動画。それぞれノートを持って集まり、先生から細かい注意をもらったあと、もう一度音に合わせて踊ってみたときのもの。
「動く数だけ止まる……」
あのとき聞いた先生の言葉は、そのままの形で愛子の頭の中に残っている。動く振りが揃っていることももちろんだけれど、止まるタイミングが揃っているほうが美しく見える。肩から指先にかけてのラインは直線を保つと格好良い。いつもこの鏡の向こうにいる観客を、カメラを想像しながら練習しなさい。
愛子は、いつでも画面の中心にいる少女の姿を見つめる。
先生は、この人の動きを正としていろんなことを発言しているのかと思うほど、碧はどのタイミングでも体の線が美しい。どこで一時停止をしても、その姿が画(え)になる。
自分もこうなりたい、という思いと、この美しい姿を見ていたい、という思いがないまぜになり、心が忙しい。そうだ、まさに今のように、今日これからの仕事のことを考えないようにしようと思っていたら、そのまま眠ってしまっていたんだった。
碧の前髪を見つめる。動くたびにその顔を隠してしまう前髪は、衣装を着て、お客さんの前に立った途端、碧をつくりあげる部品の一部になったみたいに、動かなくなる。
「でんぱ組.inc」夢眠ねむ、朝井リョウ著『武道館』を朗読!
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