現実を背負った人生
――亜紀と聡史は逃避行のようにギリシャにやってきますが、その背景には老いた親や仕事上のしがらみなど、とても現実的な日常がありました。
主人公たちは恋愛はしているけれど、若い頃の恋とは全然違っていますね。若いときは「結婚=ゴール」を目指した戦略的な恋愛だけど、四十代以降ともなると、そういう生物的戦略とは違う要素が入ってきます。それだけに現実の生活とぶつかる場面も多くなる。それまで作り上げてきた人間関係と恋愛感情がせめぎあう。それが年齢を重ねた人間の恋愛でしょう。お互いに生活があって、生活の重さというのが相対的に肥大してくるのが、亜紀たちの年代です。「大人の恋」とひと言で言われたり書かれたりしているけれど、それは決して“おしゃれな恋愛”とか“達人の恋愛”ということではなくて、双方が逃れようのない日常としがらみの中で生きていて、それでもなお、どういうわけか恋愛をしている、そういうことです。
――恋愛と同時に、この作品ではホラーの要素もありますね。島の住人が「ホーラ」と呼ぶ廃墟で、亜紀はマリアのような女性の幻を見たり、掌から血が流れ出したり、不可思議な体験をします。
べつに怖がらせるつもりは全然なかったんですよ(笑)。いつもジャンルは考えずに書いていますから。掌から血が流れるというのは宗教的な現象であって、邪(よこしま)なものではない。けれど、信仰心のない自分の身に現れたら気持ち悪い。宗教的なものを書いた場合、ホラーというか超自然の要素がどこかしら入ってくることが多いですよね。それと、実際その土地に足を運んで歩いてみると、何かしら感じるものがあるんですよ。今回はまさにそうですが、その場所に立ってその印象を描写していくと、結果的にホラーになっていったという側面もあります。
――この作品に限らず、篠田さんは宗教や芸術をテーマにすることが多いですね。
やはりそちらに興味が向きますから。ただ、いまクラシックブームで流行ってはいるけれど、音楽をムード的に使うよりは、もっと本質的なところに切り込んでいきたい気持ちはあります。また音楽に携わっている人にとっては、たとえばコンサートを開くに当たっての資金はどうする、後援者を見つけなければ演奏会は開けないとか、年齢を重ねると体に故障が起きて演奏に支障が出る、といった現実的な問題がいろいろあって、そのあたりもきちんと書くことを心がけています。そういう意味で、観念的な音楽小説というか、音楽とは心だ、魂だ、といった書き方とは一線を画していたいですね。
――最後になりますが、読者にはこの作品をどう味わってもらいたいでしょう?
大人の鑑賞に耐えるダークファンタジーを目指していますので、主人公とともに、不気味で、背徳的で美しい、廃墟の町を歩いてもらえれば、と思います。また中年男女の、おしゃれでもなければ生臭いのでもない、真剣だけど現実から逃げられない、恋愛の葛藤を読んでいただけたら嬉しいです。
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