書評

“むずかしくない言葉”が突き刺さる

文: 村松 友視 (作家)

『生きのびる からだ』 (南木佳士 著)

  このような境地の土台には、『ダイヤモンドダスト』で第一〇〇回芥川賞を受賞した翌年、三十八歳でパニック障害を発病し、やがてうつ病に移行しての、「自死へといざなう見えざる力に抗するだけで精一杯の数年間」があるにちがいない。この時間を幾通りもの回路から思い返すことをつづけたあげく、作家として自然に会得していったのが、“むずかしくない言葉”の強く、重く刺激的な説得力ということになるのだろう。

   底上げされた価値を身にまとう、底上げの場、力をぬく、無言で生きのびる、あきらめる、体重を移動する、有り難いということ、おにぎり一つで急に元気になる「からだ」、凍(し)み死ぬ、ひとの死に満ちた職場、からだのままに生きのびる……一つひとつひろい上げればきりがない。これらの“むずかしくない言葉”の表や裏にその時どきの実感がまぶされ、その奥から普遍の真理をさそい出す。勤務医であり作家である、奇跡のヤジロベエをこなす者ならではの表現だ。たとえば「プールで泳ぐようになって六年になる」で始まる、「力をぬく」という章はこんなふうに終わっている。

   からだの力をぬく必要にかられて泳いでいるうちに、気がついたらゆったり泳げていた。水のなかで左右の肩に体重を移動させていると、からだはおのずと前に進んでゆく。登ろうと意識せず、左右の足に重心を移しているうちに思わぬ高みに登ってしまう登山のように。

   はじめ、「クロールもどきで二十五メートル進むのがやっと」で「どこで息つぎをしたのかもわからず、懸命に手足をバタつかせてプールの端に泳ぎついた」作者が、“力をぬく”ことを体得した感動と、そこから広がる普遍性へのいざないがあざやかだ。

   これを読んで私は、百足(ムカデ)と百本の足の話を思い出した。右に五十本、左に五十本もある己れの足を、いったいどういう順番でうごかして前に進んでいるのだろう……そう考えたとたん、そのムカデは一歩もあるけなくなった。つまり、何も考えずに、生物は目の眩(くら)むような複雑さをこなしながら生きているという話だ。

   だが、百本の足をじっくりと点検し、自分のからだの法則を見極めて、なおかつ前へ進む意志をもつ百足もいるらしい。私は、この比類ない説得力をもつエッセイ集の作者に、そんな思いをからめた。

生きのびる からだ
南木 佳士・著

定価:1260円(税込) 発売日:2009年07月15日

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