書評

「食の楽園」に魅せられて

文: 一志 治夫

『庄内パラディーゾ』 (一志治夫 著)

  最初に庄内を訪れたとき、まさかその後、丸2年間にわたって毎月のように通い続けることになるとは思いもしなかった。いやむしろ、行く前はどこか侮っているようなところさえあったのだ。「地方のイタリアン、なんぼのもんじゃい。俺は、もう何百食も本場イタリアで食っているし、ちょっとやそっとじゃ驚かないぞ」という過剰な構えというか、まったく嫌ったらしい自負がどこかにあったのである。

  羽田空港から1時間、寝る間もないぐらいの時間で庄内空港に着く。91年に空港ができるまでは陸の孤島と言われていたが、開港により一気に東京との距離が縮まり便利になった。

  庄内へと導いてくれたのは、ドキュメンタリー番組「情熱大陸」の中野伸二プロデューサー(当時)だった。中野Pと私は、「スシケン」なる鮨食べ歩きの会の仲間で、もともとは私が書いたノンフィクションの人物を番組で取り上げてもらったのをきっかけに知り合った。食道楽で、旨くないもの、はったりだけの店などには容赦なく批判を浴びせる厳しい大阪人でもある。

  その中野Pが番組で取り上げたのが「アル・ケッチァーノ」の奥田政行シェフだった。私が仲間たち数名とともに訪れたのは、番組が放送されて10ヶ月以上が過ぎた07年5月のことである。

  我々は、庄内に着くとまず、奥田シェフの案内で、山菜繁る山に入った。山アスパラ、カタバミなど至るところから山菜が顔を出している深山である。さらに、食材を供給してくれる何人かの生産者のもとをクルマで訪ねる。この段階で、我々はすでに、庄内の美しい風景、美味しい空気などの前菜をたんまりと食していたのだろう。少なくとも私は庄内の底力というか魔力に完全にやられていた。そして夜、「アル・ケッチァーノ」のテーブルにつくと、その風景や空気を背負った食材が、奥田シェフの手によって魔法をかけられ、次々と出てきたというわけだった。

庄内パラディーゾ
一志 治夫・著

定価:1800円(税込)

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