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「食の楽園」に魅せられて

「食の楽園」に魅せられて

文:一志 治夫

『庄内パラディーゾ』 (一志治夫 著)


ジャンル : #ノンフィクション

地方再生のモデルに

  拙著『庄内パラディーゾ』では、奥田の人生をなぞると同時に、農協と戦う米の生産者、有機農法に取り組む若い生産者など奥田の周辺にいる農家の人々の横顔も紹介している。そんな中で、とりわけ紙数を割いて書いたのが山澤 清という初老の人物に関してだった。

  山澤は、もともと農業用大型機の指導員として、山形の内陸部から庄内へとやってきた。農薬の販売もやっていた。やがて、庄内に魅せられた山澤は、庄内へと移り住む。そして、40歳を前にして一転、無農薬のハーブを作り始める。その後、化粧品の製造販売の資格もとり、第一次産業を土台にした新しい農業を提示し、さらにはオーガニックの上をいくモア・オーガニック「モーガニック」という商標をとり、新事業を次々と興していった。たとえば、山澤の育てる食用鳩は、いまやシェアほぼ100パーセントを誇り、全国のフランス料理屋や中華料理店で使われている。抗生物質フリーの鳩で、抜群に旨く、もちろん、「アル・ケッチァーノ」でも出されている。

  最近、山澤が最も力を入れているのは、「天花粉」の生産だ。「天花粉」は、赤ちゃんのアセモを防ぐために肌につけるものだが、現在流通しているのは、「天花粉」とはまるで別の代物である。「天花粉」はもともとキカラスウリという多年草の根から作られていたが、いまは、キカラスウリそのものがほとんどない。キカラスウリの根や実には消炎作用があるため、昔から使われてきたのだが、成長までに6、7年かかることもあって、いつの間にか効率の観点から生産されなくなっていた。しかし、山澤は、数年前からこの「天花粉」の生産に取り組み始めた。いまでは20万本ものキカラスウリが最上川の河川敷で育てられていて、あと数年で製品化されるはずである。すでに、フランスの会社などから引き合いが来ている。まったく非効率な農業だが、山澤は、あえてそれに挑むことで、未来への答えを見出そうとしている。

  それこそ「情熱大陸」で取り上げてほしいような人である。こんな傑出した人物がいることも庄内の強みだ。

  山澤は、奥田の料理のよき理解者でもある。

  山澤はこう言う。

「在来野菜は、もともとあまり人の手を経てこない。だから、素朴というか、荒削りというか、そのものには完成度がない。でも、円熟した時代になってくると、未熟なものがほしくなってくる。何食ったかわからない野菜が一年中あったって、おもしろくないもの。その点、在来野菜は一年中は作れない。固くて、苦くてと扱うには不便で、しかも大量にはできないから。その欠点の中から利点を引き出したのが奥田さん。奥田さんの感性と合ったんだ。人間が1000年とかかけて作った野菜を奥田さんは、料理している。奥田さんは、もしかしたら世界の奥田になれるかもしれないと思っているんだ」

  当初、本書のタイトルは、「庄内テロワール」とするつもりだった。テロワールとは、フランス語で、地場とか風土という意味合いで、転じて、その地域特有のものなどを指す。しかし、テロワールに替わる適当なイタリア語を見つけられず、結局、担当編集I氏発案の「パラディーゾ」とした。もちろん、庄内がいま、天国かというとそんなことはない。農業を営む人々の生活は変わらず苦しいし、街には活気が足りない。しかし、この豊かな風土を持つ庄内がもし地方再生のモデルにならないのなら、もはや日本の地方に風が吹くことはあるまい。庄内という土地がパラディーゾに向かっていかなければ、日本の地方の未来はないのである。

庄内パラディーゾ
一志 治夫・著

定価:1800円(税込)

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