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「食の楽園」に魅せられて

「食の楽園」に魅せられて

文:一志 治夫

『庄内パラディーゾ』 (一志治夫 著)


ジャンル : #ノンフィクション

庄内の生産者たちを元気にしたい

  奥田政行が東京での修業を終え、生まれ故郷の鶴岡に帰ってきたのは、94年のことだった。鶴岡のホテルの料理長などを務めたあと、2000年3月、奥田は、ドライブインの喫茶店を居抜きで借り受け、「アル・ケッチァーノ」を開店する。「そういえばあったわね」を庄内弁で言うと「あるけっちゃの」となり、それをイタリア語風にもじった店名だ。ここにも「地場イタリアン」の誇りがある。

  奥田が店をスタートさせるときに誓ったのは、庄内の生産者たちを元気にしたいということだった。それはすなわち、農業を礎にしている庄内地方そのものが元気になるということを意味していた。奥田が在来野菜を軸に料理を組み立てていったのもそのことと無縁ではない。

  在来野菜とは、種を採種選別しながらある特定の地域で長きにわたって育てられてきた作物である。この先祖代々伝えられてきた在来作物は、実は、戦前まで日本全国の至るところにあった。しかし、戦後、この文化は一気に廃(すたれ)ていく。種会社が販売する「F1」と呼ばれる一代限りの種に席巻されてしまうのだ。ほぼ均一の形状に育ち、しかも大量に作ることができる「F1」は、効率を追究するにはもってこいだった。そして、これにより、在来作物は消え去り、全国均一の野菜(たとえば青首ダイコンのような)が流通の大半を占めるようになっていく。

  しかし、庄内では、多くの在来作物が残った。「陸の孤島」であったことも幸いしたのかもしれないが、やはり、種を大切にし、美味しい作物を代々繋げていく文化が根強く残っていたことが大きかったのだろう。

  奥田は、藤沢カブ、カラトリイモといった在来野菜を絶やしてはならないと思い、積極的に料理に用いた。在来野菜の農家を訪ね、由来を聞き、味見をして、皿の上で表現した。それにより、たとえば平田赤ネギのように絶滅寸前の在来野菜が息を吹き返したりもした。平田赤ネギは、あと数年で絶えるだろうというところで、篤農家によって再び生産されるようになり、奥田がこれを積極的に使うことで知名度を上げ、全国に広まっていったのである。 

庄内パラディーゾ
一志 治夫・著

定価:1800円(税込)

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