書評

ひたむきに夢を追う女硝子師の物語

文: 蜂谷 涼 (作家)

『夢の浮橋』 (蜂谷涼 著)

 淺原千代治氏というガラス造形作家がいる。アメリカや中国などの大学でレクチャーやデモンストレーションを行ったり、ヨーロッパ各国で巡回展が開催されたり、日本国内はもとより、ロシア美術館、ルイジアナ美術館、コーニング美術館などにその作品が所蔵されている、世界的なガラス造形作家だ。

 30年ほど前に、初めて淺原氏の作品と出逢った衝撃は今でも忘れられない。グラスや抹茶茶碗や水指等の器も素晴らしかったが、氏が生み出すオブジェを見ていると、潮風の匂いや肌触りが、ありありと感じられるのだ。また、源氏物語に材をとった作品群にしても、「雨夜の品定め」なら、殿上人たちのさざめきが聞こえてきそうだし、「紫の上」なら華やかさの中にも無常観がにじみ、「女三の宮」なら気高さの陰から柔弱さが垣間見えるといった感じで、眺めているうちに胸が熱くなったものだ。

 その頃、私はまだ学生だった。将来の展望どころか、明日の計画さえあいまいな、ひどく中途半端な日々を送っていた。いつも、どこかに何かを置き忘れてきたような苛立ちを持て余していた。

 そんなときに淺原氏の作品に出逢って、私は「表現するというのは、こんなにも伸びやかで、ふくよかで、自由なことだったんだ!」と、魂に刻んだのだった。以来ずっと「表現する」ことに憧れ続けた。ガラスであれ、絵画であれ、音楽であれ、文章であれ、自分の内なるものを表現することに。

 淺原氏の作品との出逢いがなければ、もしかしたら私は、物を書いたりしていなかったかもしれない。

 この『夢の浮橋』を書くにあたって、「主人公は女として成長するだけではなく、表現者として育っていくようにしたい」と痛切に思った。私は、迷わず主人公を女硝子師(おんなびいどろし)にすることに決めた。

夢の浮橋
蜂谷 涼・著

定価:1575円(税込) 発売日:2011年09月28日

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