正直、一読して安堵した。1人でも支持をしてくれた人がいたことにである。1冊だけでは版元も商売にはなるまいが、新人作家は胸を撫でおろしたし、有難いと思った。同時に、これが小説を出版する私にとって基本かもしれないと思った。何年に1度か、その手紙を読むことがあった。いい加減な仕事をしているのではと感じている時に限って、その手紙の存在を思い出した。
のちにその差出人が、高名なデザイナーであることがわかり、10数年経った折、礼を述べると、恥かしそうに笑われた。
“デザインに哀しみは盛れないか”。
その人の言葉である。10年近く前、亡くなられた。葬儀の席に並んで礼を申し上げた。
もう1通は震災の後に届いた。
知己を得ている若い女性のご主人の母上からの手紙で、こちらも突然のように届いた。以前、著書を送ったことがあり、その礼かと思って読むとまったく違う内容だった。
2年前に出版した短篇集の1作品を読んで、その方が長年、悔いていたものが救われたというもので、私はいささか驚いた。そんなことが実人生にあるものなのかと、複雑な気持ちになった。それでも手紙からは彼女の感謝しているという気持ちがひしひしと伝わってきた。
私の小説の大半は自分の身辺や、見聞きしたものがベースになっているので、まったくの作りごとがない場合が多い。だから嘘からまことが出たわけでは決してないが、それでも手紙に綴られた彼女の身辺に起った出来事と作品が似かよっていたことは意外であり、私がおぼろげにおさめた結末に、彼女が或る種の安堵を抱いてくれたことは嬉しくもあった。
この短篇集では20数年前に雑誌に掲載され、或る人から、なぜ本に収録しないと折あるごとに言われた2篇もようやく日の目を見た。前述した1通目の手紙の処女作の頃に執筆したものだから、私にとっては感慨深い作品である。
2人の読者から親切な手紙を貰い、それが励みとなったことも事実で、この種の喜びこそが何より自分を押してくれている気がしてならない。
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