──『火花』という小説のテーマというか内容はかなり長い時間をかけて考えられてきたものなのでしょうか?
又吉直樹(以下、又吉):書くと決まってから書き終わるまでに3カ月ぐらいなんですけど、でも僕がいままで見てきた芸人の世界のことなんで、書き始めるまでに蓄えみたいなものはあったと思いますね。
──何年間も温めてきたものではないんですか?
又吉:芸人の世界を書こうと思ったことは、このタイミングまでなかったですね。
──物を書くということのキャリアはすごく長い又吉さんですが、230枚のボリュームの小説を書くということは特別な体験だったと思います。特にご苦労されたことはございましたでしょうか?
又吉:なんていうんですかね、エッセーとかずっと書いてきたんですけど、小説にちゃんと向き合って書くという経験がほとんどなかったので、時間が、普段文章を書くときよりもだいぶかかりましたね。
──すごく複雑な構成をもっている小説だと思うのですが、ノートをとったり、時系列を考えて図を作ったり、そういうことはしましたか?
又吉:いえ、ほとんどせずに、先輩と後輩の話を書こうと思って書き始めながら、場面をどんどん書いていって流れが出来ていったという感じですね。
──その経験はすごく楽しいものだったんですか?
又吉:そうですね、自分でもどうなんのやろとか、登場人物の行動にときどきこう、「アホやな」と思ったりしながら、割と楽しみながら。ちょっとしんどいときもありましたけど、その……内容的に。楽しかったですね。
──主人公の徳永、そして先輩芸人である神谷という印象的な人物の2人が軸になっていますが、この人たちを造形する過程はどうだったんでしょうか? 主人公の徳永には又吉さんの経験がどのくらい入っているのでしょうか、また神谷の造形には何か特定の先輩との付き合いの経験が入っているのでしょうか、それともまったく構想されたものなのでしょうか?
又吉:誰か一人ということではなくて、いろんな先輩を見てきたんで、仲いい先輩とか、神谷でいうと仲いい先輩が何人かいる、その影みたいなものは、それぞれ多少入ってて……でもこの人っていうのはなかったり。あとはまぁ、僕の同期の芸人、後輩の芸人とかいろんな見てきた芸人がヒントにはなってると思いますね。徳永に関しては、大きくわけたら僕と似ているんですけど、完全に自分みたいな芸人を設定すると難しくなるかなと思ったので、ちょっと僕と違う目線を持ってる芸人にはしました。
──お笑いという舞台での活躍、そこでの表現ということと、小説・文章で表現することの根本的な違いはどのようなものでしょうか
又吉:舞台でやっていることをそのまま文字に起こすと、ウケない、ウケにくい、その魅力が半減するということと、文章上で面白いことを舞台でそのままやるとそんなに面白くない。同じ面白いものを扱ってても見せ方は多少かえないと、伝わらないというのはすごく思いますね。
──これからまた次の小説、さらにまた次の小説ということになっていくと思うんですけれども、時間的な配分とか、力の入れ方とかを考えると、大変なところに立ってらっしゃると思います。そのあたりの心構えといいますか、いかがでしょうか?
又吉:お笑いの方でも結構ライブがあったりだとか、面白いことがいろいろあるんで。小説も今回書いてみてすごい面白かったんで、あまり焦らず……。いままでは割と40歳ぐらいまでの寿命を想定してたんですけれど、75歳ぐらいまで生きる前提で仕事していこうかな、と思い始めています。
──それは『火花』を書いてそこがかわったということですか?
又吉:ちょっと計算していくと……。1個かいて、5個目ぐらいでなんか変な面白いのできそうやな、と書きながら思ったんですけど、5個書こうと思ったら40は超えるんで、予定では死んでるというか。だから寿命を延ばさないといけないという計算にはなりましたね。