2008年第138回直木賞を受賞した『私の男』。禁断の愛を描き大きな話題となりました。映像化は不可能ではないかと思われた本作が、浅野忠信さん、二階堂ふみさん主演でいよいよ6月に映画公開されます。 公開にあたって、著者の桜庭一樹さんにお話を伺いました。ウェブではこのインタビューを3回に分けてお届けします。 この日はちょうどインタビューの前に二階堂さんとの対談を終えてからいらした桜庭さん。心なしかげっそりしておられるご様子だったので、喫茶店をやめて居酒屋へお誘いすることに。
――お疲れ様です。
桜庭 衝撃のジャンプ疲れです。
――ジャンプ?
桜庭 二階堂さんと身長が同じくらいだからと、カメラマンの方に、ふたりでちょっとジャンプしてみてと言われて……。背格好は似ていても、年は一回り以上違うんですよ。どうやらジャンプは恒例らしいんですけど。
――ヒールを履いてですか?
桜庭 はい。二階堂さんは表紙(「映画秘宝」)にも何度か登場されていますし、慣れていると思うのですが、そんなに慣れていない私が、ジャンプです……。
――同時にとなると、一回じゃ決まりませんよね。
桜庭 あれはいつも一緒に踊りの練習をしているようなアイドルグループじゃなければ揃いません。
――まあ、とりあえず、飲んでください。
桜庭 ラ・トマトのソーダ割っておいしそう。なんだかお腹も急激に空いてきました。
――はい、お肉でもなんでもがっつりいってください。さて、ゆるゆると始めさせていただくとして、桜庭さん、映画の撮影見学に北海道まで行かれたんですよね。
桜庭 映画のほうは、街のシーンは紋別で撮って、流氷は斜里町のウトロだったんですよね。撮影見学は、流氷が着岸するころにいったのですが、流氷が来るか来ないか前日でもまだわからない状態でした。朝起きたらちゃんと来ていたので流氷の上での花と大塩のおじいさんとのいちばんの格闘シーンを見ることができたので、すごくタイミングがよかったです。
――撮影現場で熊切監督から「問題作にします!」と叫ばれたとか。
桜庭 隣にいる監督が舞台俳優みたいにあまりにも大きな声で言ったのですごくびっくりしました。あとから聞いてみると、まわりにプロデューサーや映画会社の方がいたので、その方たちにむけての意思表示だったみたいです。
――熊切監督の作品はよくご覧になっていたんですか。
桜庭 もともと『鬼畜大宴会』でぴあフィルムフェスティバルから出てきた方で、自分と同年代の人が出てきて賞をとってプロになっていくのをずっと見ていました。北海道出身というのもありましたし、『海炭市叙景』を観たときに、この人で実現したらいいなと思っていました。
――紋別には、取材で二度行かれたんですよね。
桜庭 連載前の二〇〇六年の夏に紋別の街の全体を、冬にもう一度流氷の様子を見に行って、二つの季節を見ることができました。同行した別册文藝春秋の担当編集者の出身地だったので、生活の様子や、海から風が上がってくることや、冬の終わりに凍っていた海が溶けるので、海からの臭いが強くなったり、缶詰工場が臭ったりすることとか、どこをどういう風に歩いて生活をしているとか、本当に遊べる場所がなく、狭い街なのでどこにいても人に見られてしまうため、高校生のカップルはどこでデートするのかなど聞きました。そうしたら「墓」と言われて、さすがにそれは小説には活かせなかったんですけど。
――撮影見学でご覧になった花と大塩さんの流氷格闘シーンのあたりは、小説では、陸地と海の境目があいまいで境界線を引くことが難しく、それが善悪の境にも、あの世とこの世の境にも通じ、流氷の下の海には花が「海の怪物」と呼ぶ恐ろしいものがある、などが描かれている章でした。桜庭さんはよく同じ海でも海の色が違うというお話をされていましたよね。
桜庭 私が育った日本海側の海というのは、山から陽が昇って海に落ちていき、海の色も暗く、海が「あの世」みたいなイメージを昔から持っていたんです。太平洋側の海は明るいから同じ海でも違うと思っていたんですが、オホーツクは太平洋側だけれど黒い海の色をしていると聞いて、私の持っているイメージに近いのかなと。海から陽があがるのだけれども、色としては灰色で、自分が持っていた怖さであったり、よくないものをいっぱい飲み込んでいたりする人間の暗部みたいなイメージに近かったので、舞台をオホーツクにしてみようかなと思ったんですよね。
『私の男』6月14日より新宿ピカデリーほか全国ロードショー
[出演]浅野忠信/二階堂ふみ/高良健吾/藤竜也 [監督]熊切和嘉 [配給]日活
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