全3回でお届けする「桜庭一樹“居酒屋”インタビュー」の第3回。
第1回はこちら、第3回はこちらです。
――桜庭さんは小説を書くときに本や映画から影響を受けることが多いとおっしゃいますが、『私の男』で強く影響を及ぼしたものはありますか。
桜庭 韓国映画の『ペパーミント・キャンディ』に影響を受けました。主人公が自殺をする、取り返しのつかないところから始まり、主人公は嫌なやつなんですが、なんでこういう人になったのかわからないと思っていると、時が遡ってきっかけになった事件があり、それは光州事件で、罪もない人を殺してしまったというのがショックでおかしくなったというのがわかって、さらに遡ると、事件の前はすごくいい人だったというのが見えてくるんです。ラストは過去の若い主人公のシーンで終わるんですが、その表情のアップが、最初のほうで嫌なやつだった主人公の死ぬ前の顔にみえて、それは若いときの表情からかわっていって現在の表情に戻っているという走馬灯のような複雑なシーンだったんです。時系列を逆にしたら、悲しいラストも最初にきて、最後は出会ったときの幸福な時間で終わるので、まったく違うかたちになるんじゃないかなと思いました。
――近親愛という重いテーマだからこそ、『ペパーミント・キャンディ』のような現在から過去へと遡る時系列にしようと、最初の構想にあったんでしょうか。
桜庭 いえ、途中ですね。担当さんと最初に打ち合わせをしたときに、母と娘の話を書いてくださいといわれて、でももうそのときに『少女七竈と七人の可愛そうな大人』を書きはじめていたので、じゃあ父と娘の話はどうですかと逆に提案したんです。『ヴィルヘルムマイスターの修行時代』を子供向けにした、『君よ知るや南の国』などでミニヨンという孤児の少女の卵踊りなど、子どものころに孤児ものってよく読んだという話から、孤児と養父というのは決まったんです。最初は時系列通りにプロットを組み立てていたんですが、そのあとの打ち合わせで、もう一杯だけといって飲んだときに面白かった映画の話になり、そこで『ペパーミント・キャンディ』の話題が出て、はっと結びついたんです。ほんと雑談ってしてみるもんだなと。そのあと文藝春秋で人事異動があって、雑誌の担当編集者に紋別出身の人がきたんです。北海道でも網走だとイメージとして湧きやすいけど、紋別だとぱっと浮かばないので、浮かばないくらいのほうがいいんじゃないかと紋別にしました。
――北海道の広大な土地の、狭い街というのは、ホラーで使われるアメリカの田舎町のような不気味さが醸し出せたりしますよね。
桜庭 小さな町ならではの怖さってありますよね。実際に北海道の道を走ってみて思ったのは、ロードムービーみたいだなと。本州とは全く違ってとにかく道がまっすぐで、周りはただただ野原。何が違うって信号がないんです。ロードムービーは、信号がちょいちょいあって邪魔されると成立しませんよね。それで思い出したんですけど、書いている当時ネタ切れしてくると映画館で映画を観ていたんですが、いろいろ観すぎてもう観たいものもなくなって、かなり微妙な映画の『蒼き狼』を観たんです。反町隆史さんが日本語でチンギス・ハーンをやるという映画で、本当にそれしかなくて観たんですが、菊川怜演じるチンギス・ハーンの愛妻が攫われるシーンがあって、言いづらいんですけど、最後の章で、花が淳悟に引き取られて紋別まで車を走らせるシーンを書くときはあのシーンをイメージしていました。
――えええ?!
桜庭 『私の男』の作品イメージとかなり異なるので、刊行当時はあまり言わないようにしていました。『蒼き狼』は個人的な好みには全く合わなかったんですが、連れ去られっぷりは実によかったんです。チンギス・ハーンが彼女を取り戻すのに時間がかかって、ようやく取り戻せたときは妊娠しているんです。帰ってきたときの菊川怜がめちゃくちゃしょんぼりしていて。
――どんな映画でも糧にするという、桜庭さんの姿勢は素晴らしいですね……。
『私の男』6月14日より新宿ピカデリーほか全国ロードショー
[出演]浅野忠信/二階堂ふみ/高良健吾/藤竜也 [監督]熊切和嘉 [配給]日活
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