書評

『満身これ学究』余滴

文: 吉村 克己

  取材を始めてから五年かけ、このたび小松茂美(こまつしげみ)氏の評伝を上梓(じょうし)することができた。

  執筆にも一年近くを要し、途中で何度か本当に書き上げられるのか不安になったこともあった。スケジュールを書き込んでいるカレンダーを見ると、二〇〇七年十二月末に脱稿予定となっているから、つくづく見通しの甘い奴だなぁと我ながら思う。

  小松氏は国文学会や美術史学会などではよく知られた学者で、「古筆学(こひつがく)」という学問を創始した人物である。古筆とは平安から鎌倉時代中期までの仮名で書かれた名筆を指し、小松氏は独自の分析方法で筆者を特定したり、その背景などを総合的に体系化する古筆学を一代で築き上げた。

  これまでに膨大な量の著書を残しているが、八十三歳のいまもその情熱は衰えることなく、後白河法皇の研究に取り組んでおられる。

  私が小松氏の存在を知ったのは、二〇〇二年七月に掲載された日本経済新聞「人間発見」という連載コラムであった。そこには、中学を卒業し、国鉄に就職した小松氏が勤務先の広島で被爆し、生死の境をさまよった後、古典に目覚めて、四十一歳で日本学士院賞を受賞するほどの学者になる波瀾万丈の人生を端的にまとめてあった。

  なぜ、国鉄マンが国文学者になったのか。その頃、古筆学という言葉も知らず、大した古典の知識もなかった私だが、関心をかき立てられ、この人に会ってみたいと思った。願望は意外と早く実現した。

  ある大手メーカーの広報誌で人物ルポを連載していたことから、早速、担当編集者に小松氏のことを話すと、それは面白いと取材することになった。

  インタビューを申し込むと、まず最初に返ってきた言葉が、「関西大学の田中登教授が書いた『小松茂美  人と学問』という本にまず目を通してから改めて取材を申し込んでほしい」というものだった。

  これは生半可な気持ちではインタビューできないぞと思ったものだ。ありがたいことに本を送って頂き、拝読してから「ますますお会いしたくなった」と連絡すると、今度は快諾してくださり、〇二年十二月二十四日、当時、御茶ノ水駅近くにあったセンチュリー文化財団に出かけた。

  予想外に柔和で気さくな印象だったが、話し始めた小松氏のエネルギーと内容には圧倒された。とうてい、二~三時間では聞き取ることができない。ひとまず辞去し、その後さらに、別の雑誌の取材の場を利用して、二度、三度と取材を重ねた。

満身これ学究
吉村 克己・著

定価:1950円(税込)

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