書評

『満身これ学究』余滴

文: 吉村 克己

  そのうち、こういう希有な人物の物語を書いてみたいものだと思うようになった。それとなく、評伝の話をする。以心伝心というのだろうか、小松氏からも「自分のことを書いてくれるならぜひ書いてほしい」という話を頂いた。

  当然のようにまだ出版予定は立っていない。しかし、本になろうとなるまいとこれだけの「人間ドラマ」と出会える機会はそれほどないと思った。早速、取材を始めようと思った矢先、小松氏から電話があり、「評伝はあきらめてくれ」という。

  「自分は出してほしいが、弟子や家族など周囲は全員反対で、相当な著作物がすでにあるのだからいまさら評伝など出すべきではないと説き伏せられた」という話だった。だが、あきらめきれず、ともかく取材だけは進めようと思っていた。

  すると、しばらくして「やはり書いてほしい」と小松氏から電話があった。いったんは説得に折れたが、思い直したという。

  「評伝はこれが最後のチャンスだろう。あなたに書いてほしい」

  まだ数回しか会っていない私を信頼してくれたのかと奮い立たされる思いだった。

  第一回目の取材が〇三年の十二月。それから、本人だけで四十回以上、ご家族、お弟子のみなさん、知人・友人など多くの人に話を聞いた。生まれ育った山口県、広島県を訪れ、子供時代に住んだ地、被爆した場所、療養した病院などを訪ね、小松氏の旧友たちにもお会いした。

  ひとりの人間の八十年以上もの人生を描き切ることは容易ではない。小松氏の驚嘆すべき記憶力には助けられたが、とはいえ中には思い違いや忘れていたこと、話したくないこともあるだろう。それらを確認し、掘り起こす作業には時間がかかった。

  古筆学や業績を読み解く本ではないが、その人生をたどるには古典や歴史の知識があまりに乏しく、勉強し直したし、小松氏にいろいろなことを教えて頂いた。取材の後半は最高の師から古典や歴史の講義を受けていたようなものであった。

  取材を通して、その博覧強記ぶりに驚き、碩学(せきがく)とはこうした人かと思った。

  それにしてもなんとまぁ、自分は日本の伝統や文化を知らないことかと痛感した。小松氏は「生まれ変わっても同じことをする」と語るが、まさにそれだけ豊穣(ほうじょう)な文化がこの国に残っている。そのことを教えてもらった五年間でもあった。

満身これ学究
吉村 克己・著

定価:1950円(税込)

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