──小川洋子さんの新作『猫を抱いて象と泳ぐ』はチェスを題材に描かれた長篇小説です。ところで、小川さんは1988年に海燕新人文学賞を受賞されてデビュー、作家生活20年になられますね。
小川 そのように仰(おっしゃ)っていただいて、初めて20年と気付く程度です。記念して特別何かをする、ということはありません。
──2008年、小川さんは兵庫県文化賞を受賞されました。授賞の基準は「学術その他文化の高揚に貢献してその功績が顕著な者に」ということです。その文化賞には他に鳳蘭さん、同時に表彰されたスポーツ賞には北京五輪陸上男子400メートル・リレーの朝原宣治さん、ソフトボール代表の乾絵美さんなど多彩な顔ぶれです。
小川 授賞基準を読むと大げさですが、私がやったのはつまり、小説を書き続けてきた、ということだけです。授賞式の時に、隣が女優の鳳蘭さんだったんですよ。あんなに美しい方の隣で、困ってしまいました(笑)。
──その受賞にベストセラーとなった『博士の愛した数式』が大きな理由となったのは想像に難くないと思いますが、この本の中には野球、阪神タイガースなど、読者が感情移入しやすい要素もありました。『猫を抱いて象と泳ぐ』は将棋でも囲碁でもなくチェスです。どのようなきっかけでチェスを取り上げられるようになったのでしょうか。
小川 素材としての出会いは成り行きなんですが、まあ、考えてみれば数学も野球もチェスも、非常にきっちりしたルールがありますね。ある枠組みがある。だけれども、その中で一瞬と永遠という相反するものを同時に体感できる。チェスに必要なのも数学的な才能らしいんですよ。ですから、数学の後にチェスを選んだのも、それほどとんでもなく違う方向に行ったわけではなかったのかもしれません。
──チェスは世界的にはともかく、日本人には馴染みがなく、する機会も少ないと思いますが。
小川 そうですね。今回、取材にご協力いただいた方々も、日本で対戦相手を探す難しさを語っておられました。今はコンピューターでも対戦できますが、やはり時には、直接指と指で会話したい、ということのようです。日本でチェスが一番強いのは将棋の羽生善治さんと言われています。羽生さんは仕事であれだけ将棋を指しておられながら、プライベートではチェスをなさっているんです。ヨーロッパの大会に参加されたりもしています。
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