――御苦労があったのですね。「お江戸の一番」にも、麻之助がかつて淡い想いを抱いていたお由有と、こんな会話を交わす場面があります。
「麻之助さん、時々幸不幸は運の先にあるような、そんな気がするときがあります」
「運、ね」
畠中 はい。
――この会話も伏線として怖いくらいです。これから起きる出来事など知らないお由有が、幸せかどうかをすでに「運の先」にあるかもしれないと考えている。そしてそのお由有の言葉を、麻之助はさほど深刻には受け止めていない……。
畠中 確かになんだか軽い感じで聞いていますね。
時間や空間を切り取る
――「御身の名は」ではお寿ずと、その幼なじみのお高(志藤高)の微妙な関係が描かれます。同じ武家出身であるのに、それぞれの婚家での立場はまったく異なり、その違いが原因の出来事が起こります。これなどは一つの物語の要素であると同時に、後の事件への見事な伏線になっていると思いました。こういった伏線は、ひとつひとつの物語に意識的に入れていこうと思っていたのですか?
畠中 先ほど少し申し上げたように、私はプロット以前に、登場人物の配置をまず考えるんです。その暮らしの中の面白そうな時間や空間を「切りとって」、そこから物語を起こしてゆきます。だから物事の対応をひとつひとつ厳密に考えながら物語を進める、という書き方では実はないのです。
――特別に意識したことではなかったと。
畠中 そうですね。それにあまり意識的に複数の登場人物の時間や空間を切り取る作業をしてしまうと、話の収拾がつかなくなってしまう(笑)。シリーズも三作目となると、もうすでにたくさんの人物が暮らしていますので……。
――なるほど。
畠中 だから「切り取らなかった」ことも実は沢山あります。麻之助たちはおそらくもっともっと悪さをしているはずだし、もしかしたら高利貸しの丸三から袖の下をもらっているかもしれない(笑)。それは本筋から外れるので、実際の物語には書きませんが。
――確かに麻之助たちは両国橋だけでなく、もっと他の盛り場に繰り出していてもおかしくありませんね。
畠中 そうですね。
――しかし伏線を特別に意識されなかったにせよ、本作は連作短編の1話1話だけでなく、単行本全体としての物語性がとても強いものになっていますね。幕切れの切なさは、シリーズ中随一のものだと思います。
畠中 確かにこういう形の結末を迎えたのは、自分でも初めてですね。書いている最中はテーマ云々ではなく、どうやって読者を話に引き込めるか、どうやって読者の暑さ寒さを忘れさせることができるかということばかり考えるので、書き上がったものがこういう形になったことは自分でも意外に思っています。
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