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鹿島茂×佐藤亜紀<br />対談「パリの下半身と魅惑の地下世界」

鹿島茂×佐藤亜紀
対談「パリの下半身と魅惑の地下世界」

「本の話」編集部

(文學界 2014年7月号より)

出典 : #文學界
ジャンル : #小説

渋沢栄一への繋がり

佐藤 あと、キクという日本人の女性が出てきますね。彼女を日本人にするという発想はどちらから?

鹿島 誰かの回想録を読んでいたら、時代と場所柄、いるはずのないところに、日本人が出てきた。考えると、どんな世界にも日本人が全くいないわけではないんです。1860年に日本の船がはじめて太平洋を横断する前から、様々なルートで海外に行っていた。漂流もあるだろうし、旅芸人もいる。

佐藤 日本人の男性が捕鯨船に乗っていたという話は聞きますよね。大体、中間管理職をやっていたみたいですが。『白鯨』のピークォド号も多国籍軍みたいなものだったらしいですしね。そうでなくても、日本人はけっこう海外へ移動していますよね。キクのような娼婦はなおさら移動しやすい。しかも、想像を絶するくらい美しいと。

鹿島 あれはまさに、サン・シモンの原理なんです。東洋と西洋が合体して至高の神となる。これを彼らはかなり本気に考えていて、現実にエジプトにまで“至高の女性”を探しに行っています。それでスエズ運河ができたくらいですから。サン・シモン派の教父、アンファンタンはこの物語の後、エジプトから帰って、銀行を始めます。サン・シモン系のペレール銀行という一世を風靡した銀行に対抗して、ロスチャイルドがソシエテ・ジェネラールを作った。アンファンタンはそっちに入ったんです。つまりサン・シモニアンはペレール派とアンファンタン派に分裂して、銀行戦争をやっていた。それが僕が『怪帝ナポレオン三世』に書いた銀行戦争。で、渋沢栄一はアンファンタン・ロスチャイルドグループのフリュリ=エラールという人に銀行について学んでいる。だから僕は渋沢栄一論を書くことになったんです。

佐藤 すごいところに繋がっていますね。

鹿島 ええ、エラールを探すのに苦労したけど、最終的に電話帳を引いて見つかったんです。それで、アンファンタンに話を戻すと、彼をサン・シモングループの正統派とすると、最終的には正統派が勝って、それがフランス第二帝政崩壊の原因となる。

佐藤 フーリエ派はこの後、どうなるのですか?

鹿島 いろいろあるのですが、理論的に一番しっかりした大物は、シャルル・ジッドというアンドレ・ジッドの叔父さんにあたる経済学者です。彼は消費組合運動、日本でいうところの生協の基礎を築いた人ですね。最近、シャルル・ジッドの再評価も進んでいます。

 メッテルニヒの息子も登場しますが、佐藤さんは同じく文學界で『メッテルニヒ氏の仕事』を連載されていましたね。どういうきっかけで書こうと思われたのですか。

佐藤 あれはデビューしてすぐの頃、パリ経由でヴェネツィアまで行ったとき、夜行列車の中で読むために本屋でメッテルニヒの伝記を買ったんです。それでメッテルニヒがカウニッツ家の婿だということを知り、教科書に出てきたごりごりの保守反動の政治家のイメージとは違うと感じた。興味ぶかくて、『メッテルニヒ回想録』8巻を、国会図書館でコピーを取って読み始めたのですが、ナポレオン戦争が終わって1820年頃からは不思議なことに編年式なんですよ。その年の最初に、仕事と関係のない手紙がまとめて入っている。家族との手紙、愛人との手紙、その後に家族が死んだとか、どこそこで湯治したとか、誰それが嫌いだとか、個人的なことが書いてあり、それから政治の話がある。構成が面白いと思うと共に、たぶんこれは息子が編纂したものなので、人間的なものと政治が一緒くたになっているんですね。で、メッテルニヒにとって、どうやら仕事はただの仕事で、人生丸ごとではなかったらしいので、ああいうタイトルにしました。鹿島先生は同じ時代の、『ナポレオン フーシェ タレーラン』というご本を書かれていますよね。

鹿島 フーシェとタレーランはいずれもナポレオンの右腕でした。フーシェには『メモワール』という回想録が存在するけど、つまんないんだな、これが。本人が書いたんじゃないという説もあるけれど、あのつまんなさは、多分本人が書いていると僕は思う。タレーランの方は、けっこう面白い。タレーランはドラクロワの父親で、本来は18世紀の人なんですよね。ナポレオン時代以降の仕事人間ではなくて、快楽人間。

佐藤 私は読んでいないですが、フーシェの回想録が面白くないのは想像つきます。鹿島先生の本を読んでからずっと考えていたのですが、彼は官吏なんですよ、きっと。ひたすらに役人。一方、タレーランのことはよくわかっていなかったのですが、西原理恵子の『まあじゃんほうろうき』を読んで、ポンと膝を打ちました。タレーランは博打打ち。で、メッテルニヒは何かというと、サラリーマン。できれば9時5時で仕事をして、残業はしたくない。と思いながら、職場の上に住んで10時くらいまで仕事をしているので、いつも「家族が」って言っているんですね。仕事をしたくない人が仕事をしていて、こんなところで人生を終わる気はないと。

鹿島 なるほど。『メッテルニヒ氏の仕事』の単行本も楽しみです。

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モンフォーコンの鼠

鹿島茂・著

定価:本体2,000円+税 発売日:2014年05月23日

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文學界 7月号

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