モンフォーコンの鼠
佐藤 それにしても、モンフォーコンの描写は迫力ありますね。
鹿島 本のカバーにも使っているけど、元の絵があるんです。カバーの1枚は、ずいぶん大人しい絵ですけどね。
佐藤 今でいうとビュット・ショーモン公園。近くに知り合いが住んでましたが、いい場所ですよね。ずいぶんきれいになりましたね(笑)。
鹿島 モンフォーコンでの人糞処理は1837年くらいに廃止になったけれど、セーヌ県知事のジョルジュ・オスマンが60年代に整備するまでは、そのまま放置されていました。モンフォーコンはパリの北東に位置していたから、バルザックを読んでいても、「今日は風向きが悪いからモンフォーコンがにおう」なんていうことはあるんですよね。多分、われわれがタイムマシンに乗って19世紀のパリに行ったら、「うわ!」って感じだろうね。
佐藤 けっこうつらいものがあるでしょう。
鹿島 今日のマニラの廃棄物処理場に行くようなものです。鼻は慣れるものですけどね(笑)。
佐藤 そして、細部の描写がしっかりしていますよね。あまり詳しくは言えませんが、地上と地下世界を繋ぐ昇降機の仕掛けなど、よくできていると思いました。映画にしたいくらい。
鹿島 あそこはけっこうリアルに書きましたね。当時の閘門の概説書を読んだりして、構造を学んで、工学的にも正しいものを書いたつもりです。モンフォーコンの地下世界も、フーリエの詳細な地図に基づいている。
佐藤 地下では鼠を飼っていて、その鼠が地下世界を運営していくのに非常に重要な役割を果たしています。ただ、鼠は人間の思うように動いてはくれず、必ず不確定要素が入るという《種の思考》が議論されていますね。フーリエが鼠を指揮するところは、素晴らし過ぎるので、ぜひ読んでいただきたい場面です。
鹿島 《種の思考》は統計学の問題です。統計学は最強の学問で、個人では絶対に出てこない考えが、集団意識では出てくる。うまく統計をとれば無意識がわかるというのが統計学のすごさで、今はコンピューターが発達したために、無意識を抽出しやすくなったという、怖い世界でもあります。それを用いればいろんなことがわかるという1つの宝庫が小説なんですよ。
佐藤 え、それはどういう意味ですか。
鹿島 たとえば、文学史に残らなかったような三文小説を読みこめば、そこに集団的な無意識が現れる。それをやったのがルイ・シュヴァリエです。歴史がファクトじゃなくて人間の無意識を狙うようになると、対象はフィクションになる。
佐藤 ああ、なるほど。小説とデマですね。確かに、1つ大ヒット作が出る時には、同じ種類のものを書いている人間が何百人かいる。今回は“やりたいことがやれた”小説か、“思わぬ展開になってしまった”小説か、どちらでしたか。
鹿島 両方ありますね。地下に迷い込んだのは予定の範囲内ではあったんだけど、ユートピア談義をあそこまで書きこんでしまったのは予想外だったな。
佐藤 では、この単行本を読んで物足りない方のために、無削除版をぜひ(笑)。
鹿島 なんだか『大菩薩峠』みたいだなあ。
(2014年5月8日収録)
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