インタビューほか

鹿島茂×佐藤亜紀
対談「パリの下半身と魅惑の地下世界」

「本の話」編集部

(文學界 2014年7月号より)

単性生殖への道

鹿島 フーリエから個人的に思考をめぐらしているうちに、どうも生命体というのは単性生殖から始まり、両性生殖になり、最終的に単性生殖を目指すのではないかと思い至りました。文明発達の仕方を観察していくと、それは間違いない。基本的には、面倒くさいからそうなる。単性生殖から両性生殖になったのは、面倒くさいことを全部オスにやらせるためです。そうすると、そのうちオスが支配するようになって生意気だから、「やっぱりやめた」となって、単性生殖になる。

佐藤 XY染色体の、Y染色体自体が消滅しつつあるという話がありますね。Y染色体って短いんですけど、これが年々短くなっていって、最終的には何もなくなるだろうと、だいぶ前にNHKの番組で放送していました。

鹿島 単性生殖をやめた最大の理由というのは、バラエティのなさです。これさえ克服できれば、そっちの方がいいに決まっている。『O嬢の物語』も実は、単性生殖を目指す小説なんです。SMが強調されているけれど、女の人にあるM願望というのは、つまり単性生殖願望だな。著者のドミニク・オーリーは、女性は美しい女の人に出会うと、ようやく自分の美しさを認識できると言ってる。図々しいのではなく、要するに規範を求めるということなんですね。自分を確認するために、外部から規範を持ってくる。規範に従うわけじゃなくて、自分の美しさを確認するための規範を求めるんだから、自己愛なんですよ。自己愛となると、これはやっぱり単性生殖に回帰するしかない(笑)。男同士だってそうなってもいいはずなんだけど、どうも違う。もとがメスの方に原理があるから仕方ないけれども、これが男と女の非対称性理論というやつで、やはり違う生き物ですね。フーリエはちゃんとそこまで考えている。最終的に残るのが女性のベスト・アンド・ブライテストになるにしたがって、単性生殖化するのは当たり前。私はオスだから、残念ながらと言うしかないけれど。

佐藤 そのお考え、小説の中で書いていらっしゃるだけではないということが確認できて、いますごく感動しました(笑)。今作を読んでいて、途中からやけに女性がパワフルだと思っていたら、美女同士のセックスシーンがあったり、「こういう方向へ話が来たか」と嬉しい驚きが。

鹿島 フーリエが一番好きだったのは、レズビアンではなく、サフィスムという言葉なんですね。サフィスムの絡みを覗くのが何より好きだったという。

佐藤 レズビアンが好きな男性は、大抵そうです。男がそこに入ると汚いので、排除しろって投稿が雑誌にあるらしいですから。

鹿島 僕は、最終的にはフーリエ主義の一元論が、サン・シモンの二元論に勝つだろうと予見しました。かつて稲垣足穂のエイナスとオーラルを結ぶカモノハシ的一元論的無限空間というのがありましたが、それよりも、メスのほうが一元論にふさわしいんじゃないかという感じはしますね。それにしてもあの時代の人は、変態をかなり突き詰めている。実際に文献を読んでいくと、これより100年前にはオルレアン公爵の大変態時代というのがあって、この時代の変態の極め方というのは、人類史上、空前絶後。よくぞここまで行った。

佐藤 あの1720年代ですね。サド侯爵がわざわざ『ソドムの百二十日』をその時代に持ってくるというぐらいの変態度で。

鹿島 あれはすごいですよね。人間の変態にはいくらか限度があるというけれど、行き着くところはあそこじゃないかなという感じがしました。

【次ページ】登場人物再登場

モンフォーコンの鼠

鹿島茂・著

定価:本体2,000円+税 発売日:2014年05月23日

詳しい内容はこちら

文學界 7月号

目次はこちら


 こちらもおすすめ
書評アンデルセン自身の物語(2012.07.18)
インタビューほか損をして得を取った渋沢栄一に学ぶ(2019.04.15)