インタビューほか

鹿島茂×佐藤亜紀
対談「パリの下半身と魅惑の地下世界」

「本の話」編集部

(文學界 2014年7月号より)

登場人物再登場

鹿島 話は戻りますが、バルザックの小説のすごさは、全部がぶち込んであって、もう他の小説を読む必要がなくなってしまうこと。実際、僕が編んだ『バルザック「人間喜劇」セレクション』13篇を読んだ、かなり小説好きの人がそう言っていましたから。その豊饒さというものを手掛かりにしていきたかった。そのひとつとして、バルザックは「人物再登場法」をやっているけれど、僕は「登場人物再登場法」。実在の人物もフィクショナルな人物も全部借りて、書く。「ネクロノミコン」みたいに。

佐藤 はいはい、ラヴクラフトですね。「ネクロノミコン」という架空の書物があり、作家たち皆が寄ってたかってクトゥルー神話を書き継いでいきましたからね。ウンベルト・エーコの『フーコーの振り子』を読んでいたら、いきなり登場人物にクトゥルー信者が1人混じっていたことが判明するというアホな状況がある(笑)。

鹿島 でもそうやって、いろんな人が同じキャラクターを動かすというのが面白い。今は小説がゲームなんかに押されちゃっているから、この小説を読んで、誰か「これくらいなら俺でも出来るから、一丁続きを書いてみるか」という人が現れるといいなあ。

佐藤 あと、バルザックの小説からの引用などが、キメ台詞として出てきますよね。「キター!」となりました(笑)。

鹿島 いろいろ引用もしているし、実際に『十三人組物語』が書かれた1831年の史実と合わせなければいけないのが大変でした。たとえば警視総監のアンリ・ジスケは実在の人物なんだけど、1832年の6月事件の主役でもあるから、その前にすべてを詰め込まなければいけなかった。

佐藤 彼は銀行家出身なんですよね。

鹿島 本当にそうなんです。彼の回想録が4巻本で出ているのだけど、とても面白い。社会史というより政治史中心ですけれど、シャルル・フィリポンとかオノレ・ドーミエ、J・J・グランヴィルの風刺画が全盛だった時代の主役なんですよ。警視総監の回想録は歴代出ていて、どれもいい資料ですね。僕が書いた娼婦の研究本のネタ本でもあります。

佐藤 今作の登場人物でいえば、造花女工のマルヴィナが好きです。ジスケに頼まれて男友達のパチュロと共に、サン・シモン派という思想集団にスパイとして潜入している女性。あそこまで女性がカッチリ動くのは、見てて気持ちがいい。かつての冒険小説では、基本的に女性は「キャー」とか「あれー」とか言って助けられるのを待つだけのパターンが多かったですよね。ああいうキャラクターが出て生き生きと動き回ると、なんとなく「今の小説だな」という感じがします。

鹿島 マルヴィナは、19世紀の経済学者ルイ・レーボーが書いた『ジェローム・パチュロ』という小説に出てくる人物です。本当はパチュロはメリヤス屋なのですが、翻訳では『帽子屋パチュロ』となってしまっている。パチュロは大バカの主人公で、けっこう面白いんです。

佐藤 そこでも彼女は、ああいう性格なんですか。

鹿島 そうです。サン・シモニアンがフェミニストサイドから非常に評価が高いのは、女性解放を提言していることと、女性メンバーが非常に多かったこと。しかも、それが全共闘のような補助的役割ではなくて、主体性のある人物だったから。同時代のフランスの作家、ジョルジュ・サンドもマルヴィナみたいな人なんですよ。サン・シモニアンであり、フーリエ派社会主義者のコンシデランの彼女になったり。

佐藤 ショパンを愛した女性としても知られていますが、そんな履歴だったのですね。女性でいえば、カストリ侯爵夫人も迫力がありますね。バルザックにファンレターを送り、それにバルザックが反応することで、物語が始まる。か弱いと思われているけれども、気絶した振りをして他の人を導くところなど、なかなかのものです。

鹿島 彼女も実在の人で、バルザックに手紙を送ったのも事実です。デュック・ド・カストリという、非常に有名な家の人に生まれている。

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モンフォーコンの鼠

鹿島茂・著

定価:本体2,000円+税 発売日:2014年05月23日

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文學界 7月号

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