インタビューほか

鹿島茂×佐藤亜紀
対談「パリの下半身と魅惑の地下世界」

「本の話」編集部

(文學界 2014年7月号より)

フーリエ主義とサン・シモン主義

佐藤亜紀 (さとう・あき)
1962年生まれ。新潟県出身。『バルタザールの遍歴』で日本ファンタジーノベル大賞。『天使』で芸術選奨新人賞。『ミノタウロス』で吉川英治文学新人賞。小説の他『小説のストラテジー』『小説のタクティクス』など著書多数。

佐藤 そうなんです、この作品、冒険小説のパートはほぼ全部パリの地下で展開します。パリにいながらにしていきなり地底探検小説になって、そうかと思ったらユートピア崩壊小説になっていく。この三層構造はすごいですね。

鹿島 地下っていうのは、19世紀の思想家にとってのオブセッションなんですよ。『「レ・ミゼラブル」百六景』の中でも書きましたが、ヴィクトル・ユーゴー自身がそういう思考の持ち主。モンフォーコンにある採石場(カリエール)というのもユーゴー的なアイディアなんだけど、カリエールの中に悪党がいて、それが表に出てきて社会を痛めつける。これはマルクスの上部構造、下部構造の考えにも近いわけです。それから、H・G・ウェルズもそうですね。『タイム・マシン』にはモーロック人が住む地下社会が出てくる。人間社会の発展を構造的に捉えようとすると、地下を考えたくなるのかな。

佐藤 今作ではシャルル・フーリエが登場していますね。フーリエ主義というのは、個人の情念を全面的に解放し、理想の共同体「ファランステール」を建てることを目標としていますが、その個人の情念は810通りあると断言していますね。けっこう一生懸命探してみたけど、810通りもなかなかない(笑)。

鹿島 数字の根拠はよくわからないんですよね。僕はフーリエ理論というのは、おそらく世界で一番すごい理論だと思っています。19世紀から20世紀までがフロイトとマルクスだったら、その先はフーリエしかない。これを超えることはなかなかできないなあ、と思う。なぜかというと、例えばここに10人の男と10人の女がいる。いい男といい女は1人ずつしかいない。そうすると、誰だって、いい女いい男とセックスしたいと思うわけです。にもかかわらず、1人が多数とセックスすることは社会的に禁じられて、そんなことしたら淫乱だと言われる。

 では、どうすればいいのか。いい男といい女は、やはり9人の人とちゃんと交わらなければいけない。そんなことは嫌だとか、それは快楽原則に反するじゃないか、労働になってしまうじゃないか、と反論がでてきますが、それは違うとフーリエは言う。人間は何で生きるかというと、人の称賛で生きるのであるから。

佐藤 たしかに。

鹿島 すごいことを言うなと思ったのですが、待てよ、今そうなっているではないかと。だってアダルトビデオってそうでしょう。直には接しないけれども、その複製が大いに出回って、称賛で生きているわけだから。

佐藤 まあ、称賛されますよね。加藤鷹とか。

鹿島 そんなわけで、フーリエと、その永遠のライバルであるサン・シモンについて書いてみたいと思ったんです。サン・シモン派は「人間による人間の搾取の廃絶」を掲げ、新しい男女間の愛と性の倫理を作り、社会改革をしようとしている教団です。サン・シモン自身は早く死んでしまいましたが、彼の思想を受け継ぐサン・シモニアンはとんでもなく面白い人たちです。フーリエ派の異端派、そっちも面白い人たちの巣窟でね、実に楽しい。空想社会主義といわれてるけれども、別に社会主義でも何でもなくて、ほとんど本当の「フー」なんですけどね。

佐藤 彼らが秘密裡に理想社会を作り上げ、いきなり地下にユートピアが出現するというの、いいですよね。ユートピア物はドラマとして考えた場合、どうしてもそれが崩壊する話にしかならないんですよね。それもまたすごい崩壊の仕方をします。今作でもそれが楽しみで。

鹿島 スターリニズム以降、ユートピアは旗色が悪くなって、最近のユートピア物はみんなディストピア物になってしまっている。そこでユートピアそのものの面白さというかね、途方のなさを、なんとか小説に取り入れたいと思ったんです。

【次ページ】単性生殖への道

モンフォーコンの鼠

鹿島茂・著

定価:本体2,000円+税 発売日:2014年05月23日

詳しい内容はこちら

文學界 7月号

目次はこちら


 こちらもおすすめ
書評アンデルセン自身の物語(2012.07.18)
インタビューほか損をして得を取った渋沢栄一に学ぶ(2019.04.15)