書評

『儲けすぎた男 小説・安田善次郎』解説

文: 末國 善己 (文藝評論家)

『儲けすぎた男 小説・安田善次郎』 (渡辺房男 著)

 バブル崩壊後、多額の不良債権を抱えた銀行を救済するため、政府は公的資金の注入を行った。それなのに銀行は、特に中小企業に対して、融資を抑制する貸し渋り、貸出金を強引に回収する貸し剥がしを行って批判を浴びたが、不良債権処理を進めるために導入された金融の規制緩和もあって、二一世紀に入る頃から業績を回復していった。しかし、二〇〇八年にアメリカで発生した金融危機によって日本が再び不況に突入すると、やはり銀行は貸し渋り、貸し剥がしに走った。

 こうした時代に、成功後も銭の行商を行っていた頃の苦労を忘れず、「客に貴賤はない」という顧客第一主義を貫いて、町の商店にも、意欲のある若い事業家にも積極的に融資を行った善次郎の生涯を描いた著者の中には、本来の職責を忘れてしまった現代の銀行を批判する意図があったのではないか。そして、著者と同じ考えの作家と読者がいたからこそ、善次郎がブームになったと考えて間違いあるまい。

 さらにいえば、善次郎は何度も“のるかそるか”の大勝負をしているが、一度も短期的に利益を得る“投機”は行っていない。常に中・長期的な戦略を持って会社を発展させた善次郎は、株や土地への“投機”が焦げ付いたバブル崩壊で痛い目を見ながら、喉元過ぎれば熱さを忘れ、再び“投機”に走ってリーマン・ショックに襲われた懲りない日本人への戒めになっているようにも思える。そして、二〇一二年に誕生した安倍政権が進める大胆な金融緩和によって、プチバブルの様相を呈している時代を生きる日本人は、本書から学ぶべきことが少なくないのである。

 本書は、経済官僚としての大隈重信に着目した『円を創った男』、インフレの抑制と中央銀行の創設に尽力した松方正義の半生を描いた『日本銀行を創った男』と併せて読むと、幕末から大正に至る日本の経済史が概観できるようになっている。国を正しい方向に導くには、歴史を正しく理解する必要がある。その意味でも、日本の経済政策の“原点”に迫った三冊を是非とも読んで欲しい。

 最後に蛇足ながら、安倍政権の経済政策、いわゆるアベノミクスは、昭和恐慌のデフレを世界に先駆けて克服した高橋是清のスキームをモデルにしたといわれているので、著者には是清を主人公にした歴史小説の執筆を期待したい。

儲けすぎた男
渡辺房男・著

定価:630円(税込) 発売日:2013年09月03日

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