繊細で几帳面
いまだ、どちらかと言えば強気の発言が注目されがちの渡辺さんだが、実は繊細で几帳面な性格で、日ごろから周囲にもよく気を遣われる。本書を読んで、その思いをいっそう強くした。
鴨が「ガアガアと元気に鳴く」という一節がある。こんなところに渡辺さんの人となりがよく表れているように思う。「うるさく」ではなく「元気に」と受け止める、その繊細さ。
新潟県南魚沼市にある「龍言」は、野生の鴨が集団で庭にやってくるのが名物の老舗旅館。将棋や囲碁のタイトル戦が行われる対局場としてもよく知られている。
「ガアガア」という鴨の鳴き声が対局室にまで聞こえるため、旅館のスタッフは池に入って鴨を追い払う必要に迫られた。対局者に最高の状態で戦ってもらいたいという思いから、雪国の寒い真冬にもかかわらず水に浸かったのである。
渡辺さんは、後にスタッフの苦労話を耳にして、旅館の心意気に痛く恐縮したという。
「でも、自然が発する音については、ほとんど気にならないんですよ。旅館にも鴨にも罪はありません。それに『うるさく』よりも『元気に』という表現の方が、実際にしっくりくると思ったんです」ということだそうだ。
羽生善治氏とのライバル関係
渡辺さんが少年時代から目標にしてきた棋士がいる。羽生善治3冠だ。羽生3冠は1996年2月に7冠王になるなど、将棋界の枠を超えたスーパースター棋士。渡辺さんは、そんな羽生3冠の背中を追いかけ続けてきた。
そんな2人が雌雄を決したのが、2008年の竜王戦。勝ったほうが初代の永世竜王となる歴史的大一番は、当時大きな注目を集めた。
この大事な7番勝負で、渡辺さんは、開幕からいきなり3連敗を喫してしまう。これまで経験したことのない絶望感、将棋人生で初めて味わった挫折感が率直に綴られている。いったい絶体絶命の逆境をどう跳ね返し、大逆転防衛を果たしたのか? 緊迫した対局の様子をスリリングに描いた本書の冒頭は、とりわけ印象的だ。
羽生善治さんとの通算成績は、26勝26敗。まったくの互角。現役棋士で、このような成績を収めているのは渡辺さんだけだ。
本書では、そんな渡辺さんにしか書けない「羽生善治論」も存分に展開されている。
頂点を極めた渡辺さんならではの、勝負に臨む心構えがあますところなく語られた1冊。日常生活にも通じるヒントも多く、将棋に馴染みのない方が読んでも楽しめるはず。厳しい現代社会を生き抜くための参考書としても読めそうだ。
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