そして相手の正体を知らぬままに自分にできることをやろうとする興三郎に対してもまた、共感と応援と、そして切なさがとめどなく沸き上がって来るのだ。
やがて興三郎は武家の正体を知る。知るに至った事件と、そのとき彼がとった行動が本書のクライマックスである。
歴史を動かすのは常に一握りの人々で、多くの民はただ巻き込まれるだけだ。興三郎は悲劇を防げない自分の無力さに慟哭する。慟哭の中で、ぼんくらの朝顔同心と呼ばれていた興三郎が見せる驚くべき芯の強さを堪能されたい。
終盤、国政を大きく揺るがす大事件が起きる。年表にも載っている出来事だ。けれど日々の生活はその年表の1行で区切れるものではない、ということが本書を読むとよくわかる。
施政者が殺されても夏になれば朝顔は咲く。大輪もあれば、変種もあるだろう。朝顔の花は1年きりだが、種がとれ、命を受け継いだ花が来年また咲く。残された人は先人が残したものをしっかと受け継ぎ、次の時代へ手渡す。そうして日々は続いていくのだと、すとんと胸に落ちる。
骨太な歴史小説である。と同時に肌理(きめ)細やかで優しい小説である。運命に立ち向かう強さと、運命を受け入れる潔さの両方がここにある。
なお、本書の前日譚となる『夢の花、咲く』が12月に出るそうだ。安政の大地震と将軍(政権)交代という、まるで現代の映し絵のような舞台で興三郎がどんな活躍を見せるか、併せて楽しまれたい。
前日譚だから興三郎は本書よりさらに輪をかけてぼんくらだ。しかし『一朝の夢』の読者は興三郎の芯の強さを既に知っている。興三郎の未来を知っている。これもまた歴史小説の書き手らしい趣向だ。知って読むと、味わいはまた格別である。
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『赤毛のアン論』松本侑子・著
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