書評

解説「不在」による病い

文: 福岡 伸一 (生物学者)

『寄生虫なき病』 (モイセズ・ベラスケス=マノフ 著 赤根洋子 訳)

次々ともたらされる発見

『サイエンス』誌の記事にはこんな例が記載されていた。クワシオコアという栄養失調症がある。やせ細るのに、肝臓が肥大してお腹だけが膨れてくる。アフリカ・マラウイの飢餓地帯に多発する。研究者はある双生児に着目した。同じ遺伝子を持ち、同じ栄養状態にあるのに、一方は健康、他方はクワシオコアを発症していた。研究者は腸内細菌に差があることを見つけた。発症した子どもの腸内細菌は十分繁茂していなかったのである。腸内細菌がちゃんとしていれば、まずしい食材であっても、それを代謝し、宿主を助けてくれるのだ。これは病気の原因が、微生物の「存在」ではなく、むしろ「非存在」によってもたらされていることを示す、新しい発見である。

 
 こんな例もある。消化管が繰り返し炎症を起こす病気がある。クローン病がそうだ。長い間、科学者はその原因菌を特定しようと研究を進めていた。ところが最近、意外な事実が判明した。クローン病患者の消化管には特定の病原菌がいるのではなく、ありふれた腸内細菌のひとつクロストリジウム属菌が少なくなっていたのだ。

 これは本書にもあるように、日本の新(あたらし)博士と本田博士の研究である。抗生物質バンコマイシンを使いすぎると腸内細菌のうちクロストリジウム属が減る。するとレギュラトリーT細胞の数ががくんと減ることが示された。レギュラトリーT細胞はアレルギー疾患や自己免疫疾患を防ぐ働きをしている。クローン病発症の鍵もここにある。

 
 ちょうどそんな時、次のような科学ニュースを目にした。病気を治そうとして服用した抗生物質が、実は別の病気を悪化させてしまう可能性があるというのだ。

 筑波大の渋谷彰教授らの研究チームは、感染症の治療に一般的に使われる複数の抗生物質をマウスに与えた。抗生物質の服用は、種類や量によって、乳酸菌などの善玉菌を大幅に減少させる。その反作用として、それまで善玉菌によって勢力を抑えられていたカンジダが異常に増大した。カンジダは真菌というカビの一種。抗生物質は効かない。増大したカンジダはある種の生理活性物質を生産する。この物質が血液によって肺に運ばれると、肺の中で免疫細胞を活性化、その数が増えすぎて、ぜんそくの炎症を悪化させていたのである(米科学誌『セル・ホスト&マイクローブ』)。

 これもまた存在ではなく、「不在」が病気をもたらす、もしくは悪化させるというケースである。

 ある問題意識を喚起されると、次々に関連情報と出会う。そんなことはよくあることだが、この「不在」による病気、という問題についてはますますその重要性が高まりつつあるように思える。

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寄生虫なき病
モイセズ・ベラスケス=マノフ・著 赤根洋子・訳

定価:2,200円+税 発売日:2014年03月17日

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