──一方で祖父にたいする思いも、通常私たちが想像する関係とはずいぶん違っていますね。
佐藤 デュマ・フィスにとってデュマ将軍は、すでに歴史上の人物だったのでしょう。肉親というより、父の書いた小説の登場人物のような感覚だったのかもしれません。彼にとってはフランス革命そのものが昔話でしたし、七月革命も子供の頃の記憶にすぎなかったわけですから。デュマ・フィスは晩年になってルーツを探るため祖父の出生地であるハイチまで人を遣(や)ったという記録が残っています。彼にとって祖父はそのぐらい距離のある存在だったのでしょう。
──今回の作品は一人語りの形式で書かれています。なぜこの形式を選ばれたのですか。
佐藤 最初の『黒い悪魔』は三人称で書きました。デュマ将軍は、彼そのものが歴史であるような存在なので三人称で外側から描くのがふさわしいと思いました。『褐色の文豪』では視点人物をたくさん設けました。デュマ・ペールはどこまで自覚的に行動しているのかよくわからない人物で、例えば革命に参加しようとしたりイタリア独立運動を応援したりといった、どうも作家としては的はずれの行動をとっているときに一番生き生きしています。そういったギャップを際立たせるために彼の視点と第三者の視点を織り交ぜて、人物像が浮び上がるようにしました。デュマ・フィスは祖父や父と違って自分を客観視することのできる人物でした。そこで彼に自身の人生を振り返るだけでなく、父や祖父について語らせるということをやる意味があるのではないかと思いました。彼の作風は内省的ですし、自分の書いたことに常に疑いを持っています。これは教養の産物でもあります。祖父はもちろん父も初等教育しかうけていないのですが、彼は高等教育をうけ、当時高価だった本も読みたいだけ与えられていました。実は回想録を残しているのは父のデュマ・ペールなんですが、これがいいかげんなもので、どこまで本当のことを書いてあるのかわからないという代物なんです。これはむしろデュマ・フィスにふさわしいものではないかと思って、彼が回想録を書いていたという設定で創作ができないかなと、前作のときから考えていたわけです。
デュマ家三代の共通点
──『黒い悪魔』の連載を開始された時から八年がかりのお仕事になりましたが、そもそもデュマ一族のことを書こうと思われたきっかけはなんだったのですか。
佐藤 最初は僕が最も影響をうけた作家の一人である、デュマ・ペールの生涯を書きたいと思ったのです。ところが調べていくうちに、父親の存在がとても大きいことがわかりました。さらに息子のデュマ・フィスもまた彼の影響を強くうけている。これはデュマ家三代の物語として書いたほうが、新しいデュマ像を浮び上がらせることができるのではないかと思ったのです。
書き終えて感じたのは、デュマ家三代の生き様がこの時代のフランスの変化を象徴しているということです。革命という動乱の時代に将軍として活躍した初代は、彼自身が歴史の主人公でした。王政復古から七月革命にかけてのまだ世の中が騒がしい時代に生きた二代目は、擬似歴史小説といえる大風呂敷をひろげた冒険小説で名声を得ます。そして政変はあってもブルジョアが支配権を握った安定した社会に生まれた三代目は、私小説的な人間の内面に焦点をあてた作品を書いた。僕は小説や文学はどこから生まれるのかということにとても関心があるのですが、この三代の繋がりをみると、文学的な変化が見事にみてとれて興味深かったですね。
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