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この作品を書くのが務めだった

この作品を書くのが務めだった

「本の話」編集部

『いとま申して――「童話」の人びと』 (北村薫 著)

出典 : #本の話
ジャンル : #小説

──北村さんといえば、圧倒的な読書量だけでなく、歌舞伎や落語にも通じている、ひと言でいえば博覧強記です。そして何といっても、その一つ一つを驚くほど記憶していらっしゃる。今回、お父さまの日記を見ると、その読書量や記憶力はまさに親子そっくりだな、と思いました(笑)。

北村  たしかに、わたしでないとこの作品は書けないだろうという気はします。わたしは、父の話も聞いているから、日記に出てくる本のタイトルや、たとえば歌舞伎役者に関するちょっとした記述から、さまざまな文献をたどることができました。でも第三者が普通にこの日記を渡されても、わけが分からないと思いますからね。

 わたしの著作で、多くの詩や短歌、俳句などとの時々の出会いをつづった『詩歌の待ち伏せ』のときにも思いましたけれど、この位置に自分がいるから、その自分にしか書けないものを書くのが書き手の務めだろう、という思いは常にあります。つまりハウツー本などを見て書くのではなく、その人ならではのものを書いていくのが書き手の務めなんです。自分でなくては書けない素材があって、おのずとその素材の処理の仕方も導き出される。実際、今回もこれをいわゆる《小説》として書くという手もあったのだろうけれど、調査をしていく過程も含めて、こういう形式にしたい、普通の《小説》の形にしない、ということは始めから考えていました。

父との共著

──―たしかにこの作品は随所にお父さまの日記が引用されている。でもノンフィクションではなく、たとえばお父さまと友人との会話などは創作でしょう。そしてお父さまの評伝とも、また違います。

北村  わたしとしては、父との《共著》という思いがありました。だからこそ、父の日記の文章をそのまま入れたかったんです。父の日記を素材にしつつ、こういう特別な形で小説化した。いわゆる《小説》の形態とは違うけれど、言ってみればこれはわたしにとって、必然の形態であったんです。そしてその形態であるがゆえに、独自性のあるものになったという自負はあります。評伝でもなく、どこからが創ったものか、曖昧な部分がある。最初から必然としてこういう形になると感じていました。

──天国のお父さまは、どんな気分でしょうね。

北村  この日記は父が亡くなるまでは見なかったし、また亡くなってみれば残すのが務めだと思ったけれど、いざ書いてみると、余計なことをして、と叱られるような気もしますね。父が存命だったら、取りかかれない仕事です。ただもし父が本当に書いてほしくなかったのなら、日記を処分しておいてほしかったです。こうして日記を残してしまったのだから、しょうがないよね、と思う(笑)。

 わたしにとってこの作品を書くのは、やらなければならないことをやっているという気分でした。たとえばこれを書かなければ、横浜にある、祖母の家の菩提寺に参って、曾祖父の碑を目にすることもなかったでしょう。霧が晴れるようにいろいろなものが見えてきて、ああそうか、と思うことが多かったですね。

──ご自身にとって、本当に意味深い作品であるということが良く分かります。

北村  時の流れと、その中で生きていく人間を描きたいなと思って何とかまとめてみました。時の流れは人を編みこんだ織物である、ということを味わってもらいたいですね。

いとま申して
北村 薫・著

定価:1400円(税込) 発売日:2011年02月26日

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