書評

『吉田茂の軍事顧問 辰巳栄一』解説

文: 中西 輝政 (京都大学名誉教授)

『吉田茂の軍事顧問 辰巳栄一』 (湯浅博 著)

 そう言えば、吉田茂も、統制派の計画経済や全体主義を心底憎み、終始、「皇道派系」と目された知性的な軍人にシンパシーを感じ、しばしば行動を共にしたものである。「統制派の典型」といえる東条英機に見られたような、官僚的で硬直した知性、これが日本の進路を誤らせただけでなく、およそ情報という営みにとって「天敵」といってもよい日本の国民性の宿痾(しゅくあ)なのである。つまり、それは今日もこの国の進路を脅かすものとしてあることを忘れてはならない。

 もう一つ本書のもつ重要な価値として、吉田茂が首相の座を退いて十年後には、憲法改正ないし正面からの日本の再軍備を怠ったことを深く反省し、そのことを悔やみ続けていたことを明確な史料で確証していることだろう。それに伴って従来、言われてきた、吉田が在任中、「戦力なき軍隊」などと称し憲法改正を回避し、日本の防衛・安保政策の根本的な歪みを生んだ裏には、その路線に協力した辰巳栄一という人物がいたからだ、という誤った評価を明確に退けたことも本書の大きな貢献であろう。辰巳は終始、吉田に正面からの再軍備を進言し続け吉田との論争を繰り返したこと、またこの点では服部卓四郎らの旧軍人グループとの間で根本的に対立していたわけではなかったことも、本書で明らかにされている。

 では、昭和二十七年四月二十八日にサンフランシスコ講和条約が発効し、日本が晴れて独立主権国家の地位を回復したあと、何ゆえ吉田は直ちに憲法改正に取り組まず、退陣までの二年半という年月を無為に過し、日本の未来を空費することになったのか。これは今日まで続く戦後史の「大きな謎」と言ってよい。マスコミや野党の反発を恐れたという説明は成り立たないだろう(当時、国民世論は改憲論が圧倒していた)。ライバル・鳩山一郎への対抗心から、と言ってしまえば吉田はうんと卑小な存在になってしまう。この謎については、さらなる解明が待たれるところだ。

 辰巳栄一をその一章で取り上げ本書もしばしば引用する有馬哲夫氏の『大本営参謀は戦後何と戦ったのか』(新潮新書、平成二十二年)は、その「あとがき」で、刊行直前に起こった尖閣諸島沖での中国漁船衝突事件を取り上げ、「自国の意思だけで自衛権を発動できない国は、自国の領土に対する主権を主張するのにも他国の顔色を窺わなければならない。/これらの事件を見て、筆者は『大本営参謀』たちが戦後抱き続けてきた思いをより深く理解できるように感じた」とし、「戦争放棄を自衛力放棄と履き違えて、なすべきことをなさず、今日の惨状を招いてしまったわれわれに、『しなかった』と彼らを責める資格はないのではないか」と結んでいる。我々に吉田の不作為を責める資格はない、ということか。それなら、我々は「今日の惨状」を一日も早く克服するために一層大きな努力を傾注する責任がある、ということになろう。

 とはいえ、本書の単行本の刊行(平成二十三年七月)や有馬氏の「あとがき」が書かれて以後、日本の防衛・安全保障を取り巻く情勢はさらに一段と悪化し、今や風雲急を告げている。それでも、憲法の改正は「未だ成らず」なのである。常識という柔軟な知性を失った硬直した精神が昭和の日本を滅ぼした。今日、その同じ精神が「平和憲法を守れ」という合唱となって今だに徘徊している。

 本書がこれ以上ないほど明確な形で明らかにしたように、すでにはるか以前に吉田茂自身が否定し去っていた軽武装・経済優先を唱える「吉田ドクトリン」が、今や深刻に平成の日本を脅かしている。やがて「歴史の審判」が下されようが、その時、再び廃墟から立ち上る日本に、辰巳栄一のような人がいるだろうか。そのことを本書の終章は鋭く問いかけているように思える。

吉田茂の軍事顧問 辰巳栄一
湯浅 博・著

定価:735円(税込) 発売日:2013年07月10日

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