『小右記』は庶民エピソード満載
諸田 江戸以上に平安朝は人間くさくて、現代に直接訴えてくるものがある。そして現代に通じる人間の生々しい感情や生活は、もっと庶民層を取り上げなければ出てこないのではないかと思っています。平安時代といえば光源氏、となりがちですが。
繁田 「源氏物語」というのは平安朝のアフターファイブなんですよね。光源氏で平安時代を理解する、というのは、バブルの頃の日本をトレンディードラマで理解するようなものかもしれません。
諸田 登場人物がどういう仕事をしているのか、ということはほとんど描かれていない訳ですからね。政治の話もあまり出てこない。
一方で藤原実資の『小右記』が残っている、ということはすごいことですね。藤原道長の時代に右大臣だった大金持ちの貴族ですが、彼が記した五十年にわたる日記が今に伝えられています。平安京に暮らした庶民たちが引き起こした事件などがたくさん綴られている。私は先生の本で知ったのですが『小右記』がなかったら庶民たちのことはほとんど分からないままだったかもしれませんよね。
繁田 そうですね。江戸の庶民の暮らしは落語になっていたりで何となく今に伝わりますけれど、それ以前の時代のものは、史料があっても、それを研究しようという歴史学者が多くはないんですよね。
諸田 先生は学部の頃から平安時代を志していらっしゃったのですか。
繁田 僕は卒論が陰陽師なんです。実は歴史学出身ではありませんで、文学部哲学科だったんです。修士論文も博士論文も陰陽師。安倍晴明の時代です。安倍晴明が出てくる史料というのが『小右記』や藤原道長の日記『御堂関白記』。それを論文のために陰陽師の記事を中心に読もうとするのですが、どうしてもその他の記述も端々が気になってくる。殴り合っている連中とか火をつけている連中とか。暴力記事がすごく多いんですよ。陰陽師の研究をしながら貴族の不祥事に関するメモをためていって、それを本にしたのが僕の本として一番売れた『殴り合う貴族たち』(角川ソフィア文庫)です(笑)。
ただ、そもそも平安時代をやろうと思ったきっかけは僕の場合も「源氏物語」。「源氏物語」で描かれる平安時代と「今昔物語」で描かれる平安時代が全く異なる世界であることに興味を覚え、なにか研究の軸が必要なので陰陽師を選んだんです。正直言って学生の頃は「源氏物語」はつまらないんじゃないかと生意気なことを考えていました。が、平安時代の研究を続けて、当時の人々の生活感覚や死生観が少し分かってきた今読むと、やはり面白い。ただの恋愛小説じゃない。
諸田 恋愛の感覚が今とは全然違ったのではないか、という気はします。私は和泉式部もいつか書きたいのですが、ただ男の人を渡り歩いた恋おおき歌人、というアプローチではなく描いてみたい。実に豊かで面白い時代です。
-
『皇后は闘うことにした』林真理子・著
ただいまこちらの本をプレゼントしております。奮ってご応募ください。
応募期間 2024/11/29~2024/12/06 賞品 『皇后は闘うことにした』林真理子・著 5名様 ※プレゼントの応募には、本の話メールマガジンの登録が必要です。