――諸田玲子さんの新刊小説『王朝小遊記』では摂関政治最盛期の平安京を舞台に、名もなき市井の人々が活躍します。今日は王朝民俗学者の繁田信一さんと諸田さんに平安時代の面白さについておうかがいしたいと思います。
繁田 僕、久しぶりに小説を読んだのですが『王朝小遊記』は本当に面白かったです。1話完結の短篇が7話並んでいるのかと思ったら話がすべて繋がってミステリー仕立てになっている。止まらなくなって他の仕事を後回しにしました(笑)。
諸田 ありがとうございます。『庶民たちの平安京』(角川選書)はじめ、繁田先生の本をおおいに参考にさせていただきました。
繁田 平安時代の小説といえば必ず貴族たちの雅な恋愛なんかが描かれるものですが『王朝小遊記』には偉い人がほとんど出てこない。書名のもとになった『小右記』の作者、右大臣の藤原実資も、彼の邸宅が舞台になるシーンはあるけれど本人は1度も登場しない。主要人物のなかで一番偉いのが平広方という下級貴族で、ヒロインのナツメは物売女ですね。
諸田 この時代には思い入れがありまして、作家になって最初の新聞連載は「化生怨堕羅」(現『末世炎上』講談社文庫)という平安ものでした。『源氏物語』はいろいろな方の現代語訳を読みましたし『陰陽師』も大好きです。でも実はずっと私が書きたかったのは、貴族でも超自然的な世界でもなくて、平安京の普通の人たちの生活だったんです。平安時代は四百年も続いたのだから、普通の我々と同じような悲喜こもごもがあったはずなのに、なかなか資料がない。私は古い文献をじかにはあたれませんので研究者の著作が頼りなのですが、10年前くらいから繁田先生の本が出はじめて、貴族達の暴力の話とか牛飼い童の宴会とか、それまでにない切り口で平安時代が書かれていたので夢中になって読みました。
繁田 ありがとうございます。でもリーマンショック以後本を出し難くなりました。平安朝は戦国時代と違い、売れないんですよね(笑)。
諸田 私も「平安ものを書きたい」というと小説誌から断られたものです。歓迎されるのは江戸のシリーズもの、または忠臣蔵か新撰組。