書評

「言葉遊び」の悲喜劇

文: 安藤 礼二 (文芸評論家)

『問いのない答え』 (長嶋有 著)

 震災による荒廃に抗するために長嶋が選んだのは、震災をリアルに描くことでもなく、寓意的に描くことでもなく、誰にでも容易に実現可能な他愛もない「言葉遊び」を通じて、その後の変化を、多くの視点の分岐と総合によって実験的に記録していくことだった。そうした主題と手法こそ、長嶋が選んだ作家としての倫理であったはずだ。ネムオが始めた「言葉遊び」について、長嶋は、別の登場人物にこう述懐させている――「余震に脅えていたときにこの言葉遊びが始まった。気晴らしの必要な人だけ参加してくださいとネムオは呼びかけていた。ツイッターに熱心な友人に誘われて参加してみて、その友人よりも耽溺した。真っ黒い波がひいて大きな漁船が畑に横たわる、言語がおかしくなったような状況で、言語を無茶苦茶にする遊びに気晴らしどころか全力で取り組んだ」。

「言葉」が人を集め、「言葉」が人を別れさせる。ネットではその出会いと別れが同時に重なり合う。『問いのない答え』という小説もまた、はじめは固定されていた物語の視点がその進行とともに多様化され、重層化されていく。新たな「言葉」の環境を探るためには小説もまた新たなスタイルを取らなければならないのだ。「言葉」は現実の被災地に届くとともに虚構の「個性」をも発生させる。そしてそこには肯定的な側面ばかりでなく、否定的な側面ももちろん存在している。長嶋は、ネットの掲示板で「問いのない答え」を出し続けた挙げ句、無差別殺人事件を引き起こした現実の人間、加藤智大の「言葉」を繊細にトレースしてゆく。そして登場人物にこう呟かせる――

「言葉遊びという平和そうな無邪気な行為に、急にグロテスクなものを感じ取ったのだ」、あるいは「今、加藤の掲示板とほとんど同じ手段で、大量の言葉で、我々は必死に遊んでいる」とも。

 リーダブルで微笑みを誘う物語でありながら、「言葉」の新たな状況に鋭く切り込み、その可能性と不可能性、喜劇と悲劇を浮き彫りにした意欲的な作品である。

問いのない答え
長嶋 有・著

定価:1,450円+税 発売日:2013年12月09日

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