- 2016.02.22
- 書評
現役キャスターが書く報道小説『初読のときも泣いたけれど再読してまた泣いた』
文:北上 次郎 (文芸評論家)
『記者の報い』 (松原耕二 著)
出典 : #文春文庫
ジャンル :
#エンタメ・ミステリ
著者が著名なテレビキャスターなので、余技で小説を書かれたらたまらない、と反発する人もいるかもしれないが、そういう人にはディック・フランシスの例を出せばいい。ディック・フランシスは競馬シリーズの作者として有名だが、デビューしたとき、どうして競馬の騎手にこんな素晴らしい小説が書けるのか、とイギリスの読者は驚いたという。その後は、作家の才能を持つ人間がたまたま競馬の騎手であったのだと思うようになったらしいが、それと同じことが本書にも言えそうだ。
それにもう一つ。一年間に発行された中間小説雑誌に掲載された全短編(一部連作を含む)を読んだことがある。二〇一四年のことだ。対象となる読み切り短編(&連作)は各月四〇~五〇本前後なので、年間で五〇〇本強。そのときは、そこから佳作四〇篇、傑作一〇篇、を選んだが、傑作一〇篇の中に松原耕二の「魂のあるところ」(小説宝石七月号)、佳作四〇篇の中に松原耕二の「ピアノコンチェルト」(小説宝石二月号)があった。つまり本書はたまたま生まれた傑作ではなく、もともと小説家の資質に恵まれている人が書いた傑作であるということだ。松原耕二が本書以外でも水準以上の作品を書き続けていることは指摘しておきたい。
ディック・フランシスが自分の仕事の場であった競馬界を小説の舞台に選んだように、著者もまた熟知しているテレビ界を本書で舞台にしているが、これはたまたまだ。たとえば、ディック・フランシスの小説にレース・シーンはほとんどない。騎手でなければわからないレース中の風の匂い、怒鳴り声など、そういうディテールを書けば、それだけで読者の興味を引くというのに、そういう描写はほとんどないことに留意。つまり興味本位に競馬界を舞台にしたわけではないということだ。
それと同様に、本書で著者がテレビ界を舞台にしていても、書いていないことはたくさんあるに違いない。今回のモチーフがたまたまテレビ界にあっているから舞台として選んだに過ぎないのだ。本書刊行の数年前には『ここを出ろ、そして生きろ』という長編を上梓しているが、テレビ界とは無縁の小説であったことがそれを語っている。
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