2015.08.09 書評

真相を知るための地道な事件取材

文: 三山 喬 (ノンフィクション作家)

『潜伏者』 (折原一 著)

 現実に起きた怪事件をモデルにした著者の『○○者』シリーズでは、毎回さまざまなフリーの取材者が主人公となり、事件の謎に挑戦する。この『潜伏者』では、前作『追悼者』に引き続き、若きノンフィクション作家・笹尾時彦が活躍する。

『追悼者』で、あの東電OL事件を思い起こさせる殺人事件と格闘した笹尾は、今度の作品では、埼玉で起きた未解決の連続女児失踪事件に、奥深く踏み込んでゆく。モデルとなった事件は、一九七九年から九〇年にかけ、栃木・群馬県境を挟んで発生した四件の「北関東連続幼女誘拐殺人事件」である。

 叙述トリックの名手である著者の作品である以上、本作でもストーリーはほどなく「現実」を離れ、著者特有のスリリングで緻密な謎解きの世界へと姿を変えてゆく。その自在な展開こそ折原作品の魅力であり、読者は物語の終盤、自らの思い込みを根本から突き崩される混乱を楽しむことになる。

 ただ筆者は、本作の主人公と同業のノンフィクションの書き手として、こうしたエンターテイメント作品でも、自らの職業の描かれ方が気になってしまう。

 奇抜なストーリーであればあるほどに、細部のリアリティにこだわらなければならない。小説を書く際のそんな作法を聞いた覚えがあるのだが、そういう目で見ると、この笹尾は決して“スーパーマン”でなく、むしろ予想外の事態にいちいちうろたえるごく普通の若者である。警察の捜査情報が安易に入手できない部分でも、取材者の制約がリアルに描かれている。

 犯罪ノンフィクションと言っても、そこにはさまざまなタイプがある。迷宮入りした事件の真相解明に挑むものもあれば、犯行の動機や犯人の異常人格を生み出した社会的背景を掘り下げる作品もある。

 現実問題として、圧倒的な捜査体制と強制力をもつ警察を出し抜いて、取材者が個人の力で事件を解決することなど、そうそうあることではない。一般的なのはやはり、法的には決着を見た事件のディテールを掘り下げる後者の作品群である。

 ただそれでも、下山事件や三億円事件、あるいは赤報隊事件(朝日新聞阪神支局記者殺害事件)など、センセーショナルな未解決事件では、数多くの取材者が謎解きに挑んでいる。

 筆者の場合、犯罪にまつわる取材ではないが、ホームレスを名乗って優れた短歌を詠み、新聞歌壇で脚光を浴びた正体不明の投稿者「ホームレス歌人」の素顔に迫ろうと、横浜のドヤ街周辺を八カ月にわたってさまよい歩いた経験がある。

 手がかりは三十六首の投稿歌と、応募ハガキに押された消印だけ。一部には、肩書を詐称したいたずらで、実在を疑う意見も見られたが、筆者は地道な作業を積み重ね、少なくともその存在の痕跡とは巡り合うことができた。

 現場百回、という言葉がある。対象者についてのデータが足りなければ、当人になり切って現場に身を置くしかない。そう考え、高齢の元日雇い労働者が身を寄せ合うドヤに泊まったり、真冬の路上での夜明かしを、段ボールの夜具の中で味わったりした。

 本作の主人公・笹尾時彦には、高島百合子という魅力的な同業の協力者がいる。前作『追悼者』同様、この女性ライターは笹尾を圧倒する行動力の持ち主として描かれている。

 犯人の心理を体験と五感から感じ取るために、時にギョッとするような環境にも潜り込もうとする。

《犯人や少女たちと同じ空気を吸っていれば、必然的に真相に近づく》

 百合子は平然とそううそぶいてみせる。「必然的……」は言い過ぎとしても、私もまた、このような体験的手法の有用性を信じているひとりだ。

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潜伏者
折原一・著

定価:本体780円+税 発売日:2015年08月04日

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