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私の「優しいライオン」――やなせたかし先生に捧げる作品

私の「優しいライオン」――やなせたかし先生に捧げる作品

文:小手鞠 るい

『テルアビブの犬』 (小手鞠るい 著)


ジャンル : #小説

『テルアビブの犬』 (小手鞠るい 著)

 中学時代から、やなせたかし先生の詩を愛読してきた。先生が30年間、編集長をつとめていた雑誌「詩とメルヘン」の熱心な投稿者になった私は、20代の初めに、その雑誌の年間賞をいただき、1982年に、詩集『愛する人にうたいたい』(サンリオ刊)を上梓した。この詩集が、私の正真正銘のデビュー作である。賞も詩集も、やなせ先生からいただいた「人生の贈り物」だと思っている。

 書くことの喜びと苦しみ、フィクションとは何なのか、言葉はどこから、どのようにして生まれてくるのか。創作にかかわるすべての事柄を、やなせ先生の詩、先生のお人柄、そして、詩人である先生の存在、生き方そのものを通して、私は教わってきたように思う。小説を書くことを、いかにして職業にしていくのか、というようなことまで、先生は私に知恵を授けて下さった。「今のままじゃ、だめだよ」と、厳しく谷に突き落とされたこともあるし、「作家は人生で作品を書くんだよ」と、優しく諭されたこともある。

 1993年、「海燕」新人文学賞をいただいたとき、やなせ先生は、アンパンマンの新作映画の試写会への出席をキャンセルしてまで、授賞パーティの会場に駆けつけて下さった。新人賞を受賞したにもかかわらず、その後の仕事が暗礁に乗り上げてしまっていた私に、アンパンマンのぬいぐるみを贈って下さり、力強く励まして下さった。「好きなことなら、絶対にあきらめてはいけない」と、先生は常におっしゃっていた。やなせ先生は、45年という長きにわたって、私の「優しいライオン」でありつづけた。先生を師と仰ぐ気持ちは今も、これからも変わらない。

 そんな先生に「いつか、きっと、必ず書きます」と、約束していた作品がある。

 1992年、フリーライターだった私が雑誌の取材を兼ねて、アメリカ移住の報告をするために、先生のスタジオにお邪魔したときのことだった。

「アメリカへ行ったら、仕事はどうするの?」

 私の前途を心配して下さる先生に、私は言った。

「小説を書こうと思っています」

「へえ、どんな?」

 先生はおもしろいことが大好きで、なんでもおもしろがって下さる。そのときにも、それまでずっと詩の投稿を重ねてきた私がいきなり「小説を書く」と言い出したので、純粋に興味を抱いて下さった。要は「おもしろがった」ということだと思う。

「どんな小説が書きたいのか」と問われて、ここで私が何かびしっと言わなくては格好がつかないと思い、口から出任せに答えた。はったりをかました、というと語弊があるけれど、そんな感じに近かった。

「私が書きたいのは、大人のための動物文学みたいな小説です。子どもの頃、読んで、生まれて初めて号泣した『フランダースの犬』の日本文学版というか、童話と小説が融合したような物語というか、まるで、美しい叙事詩のような作品を書きたいと思っています。巷に小説はあふれていますが、動物が主人公の小説は珍しいと思うんです」

『テルアビブの犬』を書き始めたのは、その日から20年あまりのちの、2013年9月だった。翌月の10月に、先生は帰らぬ人となった。生前のお願い――「私が約束の作品を書き上げたら、装画を描いて下さいますか?」に対して、先生は「川滝さん(私の本名です)へのオマージュとして描く」とまで、おっしゃって下さっていた。

 私の原稿がまったく間に合わなかったことを、しかし私は決して悔やんではいない。先生は今も、私の胸のなかで生きつづけている。私が書く仕事をつづけている限り、私は先生と共に在る。だから、先生との約束を、こうしてやっと果たせたことを、私はとてもうれしく、誇らしく思っている。

 やなせ先生は、銀河系のどこかでこの本を手に取って、西淑さんが描いて下さったカバーの絵を、目を細めて見て下さるに違いない。

「よくやったね。いい本に仕上がっていると思うよ」

 それから先生は、まるで幼い子どもの書いた作文や絵を褒めるかのようにして、おっしゃるのだ。「いい子、いい子、よくできました」と。

単行本
テルアビブの犬
小手鞠るい

定価:1,540円(税込)発売日:2015年09月09日

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