先生はおもしろいことが大好きで、なんでもおもしろがって下さる。そのときにも、それまでずっと詩の投稿を重ねてきた私がいきなり「小説を書く」と言い出したので、純粋に興味を抱いて下さった。要は「おもしろがった」ということだと思う。
「どんな小説が書きたいのか」と問われて、ここで私が何かびしっと言わなくては格好がつかないと思い、口から出任せに答えた。はったりをかました、というと語弊があるけれど、そんな感じに近かった。
「私が書きたいのは、大人のための動物文学みたいな小説です。子どもの頃、読んで、生まれて初めて号泣した『フランダースの犬』の日本文学版というか、童話と小説が融合したような物語というか、まるで、美しい叙事詩のような作品を書きたいと思っています。巷に小説はあふれていますが、動物が主人公の小説は珍しいと思うんです」
『テルアビブの犬』を書き始めたのは、その日から20年あまりのちの、2013年9月だった。翌月の10月に、先生は帰らぬ人となった。生前のお願い――「私が約束の作品を書き上げたら、装画を描いて下さいますか?」に対して、先生は「川滝さん(私の本名です)へのオマージュとして描く」とまで、おっしゃって下さっていた。
私の原稿がまったく間に合わなかったことを、しかし私は決して悔やんではいない。先生は今も、私の胸のなかで生きつづけている。私が書く仕事をつづけている限り、私は先生と共に在る。だから、先生との約束を、こうしてやっと果たせたことを、私はとてもうれしく、誇らしく思っている。
やなせ先生は、銀河系のどこかでこの本を手に取って、西淑さんが描いて下さったカバーの絵を、目を細めて見て下さるに違いない。
「よくやったね。いい本に仕上がっていると思うよ」
それから先生は、まるで幼い子どもの書いた作文や絵を褒めるかのようにして、おっしゃるのだ。「いい子、いい子、よくできました」と。
テルアビブの犬
発売日:2015年10月09日
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『赤毛のアン論』松本侑子・著
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