書評

司馬先生と父の文通

文: 正木 孝虎 (元三菱重工業次長)

『正木義太傳および補遺』 (正木生虎 著)

 一方、司馬先生からのお便りも巻き紙に毛筆で書かれたものから葉書に万年筆で走り書きされたものまで、形態や内容は実にさまざまです。数多いお便りの中でも傑作なものは東郷中将が率いる日本海軍の連合艦隊が、ロシアのバルチック艦隊を迎え撃(う)つべく韓国の鎮海湾から出撃した際、軍楽隊が軍艦マーチを演奏したかどうかについて調査された結果を葉書に記されたものであります。

 先生は例の小さな文字で調査のいきさつを詳しく述べておられますが、葉書一枚では足りず二枚目を書かれても未だ足りぬため結局葉書は三枚になってしまいました。

 それからが先生の面白い(と申し上げては失礼かも知れませんが)ところで、先生は三枚の葉書をホッチキス止めにしてポストに投函されたため、所轄の郵便局から「規定違反に付返送します」との付箋が付いて先生のご自宅に返送されました。先生は、それにも負けず(?)に今度はホッチキス止めされた三枚の葉書をそのまま封筒に入れて郵送して来られました。「規定違反」と書かれた付箋と三枚の葉書を見る度(たび)に、私はどうしても頬の筋肉が緩(ゆる)むのを禁じ得ません。

 そのような葉書の内容をもう少し詳しく述べますと、その内容は刮目(かつもく)に値いするものであります。前に記しましたように、日本海軍の連合艦隊が鎮海湾を出て行くとき軍楽隊が軍艦マーチを演奏したかどうかについてですが、先生は連合艦隊の旗艦「三笠」の軍楽手で実際に現場に居られた河合太郎氏ご本人から「長崎を出るときは軍艦マーチをやった。鎮海湾を出るときはやらなかった。」と詳しく聴取して居られます。「敵艦見ゆとの報に接し」一刻も早く出撃しようと火事場の騒ぎのように慌しい現場において、果して軍楽隊が軍艦マーチを演奏することがふさわしいか否か、あくまで真実を究明しようと努力される先生の姿勢に深い感銘を受けました。

 この例に限らず、先生はあらゆることをとことん追求されて、あたかもご自分がその場に居合わせて実際に見聞きされたような感触を得られるまで徹底して事実関係を明らかにしようとされる態度がお便りの中のあちこちに見受けられます。

 そのような物の見方をされる先生が補遺を余程面白いと感じられたのでしょうか、「もし御本になさるなら、小生がいっさい面倒なこと実際的なこと、あるいは金銭的なこと、又は実務担当者との接触などをしてさしあげます。小生の『海軍文明論』からいえば言い出し兵衛の小生がやるのが当然であります。」と提案して居られます。

補遺が果してそのような評価に値いするのかどうか判断がつきかねますが、お読みいただいた方々が『海軍文明論』のひとかけらでも感じて下されば望外の幸せです。

正木義太傳および補遺
正木 生虎・著

定価:2800円(税込) 発売日:2009年11月21日

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