本書は既に、豪商・島井宗室と豊臣秀吉との戦いを描いた『銭の弾もて秀吉を撃て』で城山三郎賞を受賞、実力の一端を見せた指方恭一郎の文庫書き下ろし時代小説の第1弾である。
通しタイトルは〈長崎奉行所秘録 伊立重蔵事件帖〉。そしてこのたび刊行された第1巻目の題名は『麝香ねずみ』。まず、この題名で時代小説ファンは嬉しくなってしまう。近年、続々と刊行される時代小説の題名を見ると、およそ時代ものらしくないものや、現代的なそれがあるが、オールドファンなら、これを見て吉川英治の『神変麝香猫』を想起し、それだけで胸が躍るに違いない。
本書では、“麝香ねずみ”というのは、長崎の町を阿片や鉄砲の抜荷でむしばむ犯罪者集団のこと。次期長崎奉行の特命で江戸から先乗りした与力・伊立重蔵が、その首魁をあばくまでが6つの連作で描かれている。
さて、長崎を舞台に犯罪の摘発を描いた作品の嚆矢はといえば、永井路子の短篇『長崎犯科帳』(文春文庫)ということになろう。長崎を舞台にした捕物帳、もしくは捕物帳に準じる作品を書くと、まず作家が第1に読まねばならない参考文献は、森永種夫の『犯科帳』やその小説化である『長篇小説長崎奉行犯科帳』であろう。
森永は、長崎の図書館につとめ、その縁から膨大な犯科帳に関する参考文献を遺すことになった。余談だが、池波正太郎の『鬼平犯科帳』で有名になった“犯科帳”ということばは、長崎奉行所の刑事判決の記録を指す、地域限定のことばであった。池波はそれを、これまでの捕物帳の刷新を行う際にタイトルとして用い、いまではすっかり捕物帳同様、時代もののファンに認知されることばとなった次第である。もう少し余談を記せば、鬼平が先代松本幸四郎でTV化された際、“犯科帳”ということばに馴染みがないのを懸念してか、TV画面の上の方に小さく“池波正太郎捕物シリーズ”と銘打たれていたことを思い出す。
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『赤毛のアン論』松本侑子・著
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