書評

三麗花の肖像

文: 三田 完 (作家)

『草の花――俳風三麗花』 (三田完 著)

 女ながらに医師を志す池内壽子(ひさこ)は、母方の祖母、澤本頼(より)がモデルになっている。この祖母は福井県の片田舎の出身だが、明治の末に東京女子医専(現在の東京女子医大)を卒業し、杉並の天沼(あまぬま)で医院を開業した。私が一歳のときに頼は他界したのでまったく記憶にない。だが、若き日の写真を見ると、なんとも玲瓏(れいろう)な印象の女性である。

 小説の三麗花は実在の三人のモデルより齢下だが、私はなんとなくこの三人の肖像画を描くような気持で物語を書き進めた。

 さて、このたび『俳風三麗花』の続編というべき『草の花』が世に出ることになった。前作を書いているあいだ、つづきを書こうという思いは念頭になかったが、三麗花の人生のその後を知りたいという声がすくなからず聞こえてきた。作者として、ありがたいことである。

 今回の背景は昭和十年から敗戦。すなわち、軍部のなかで統制派と皇道派の軋轢が深まって二・二六事件が起こり、日中戦争が勃発して太平洋戦争に至る、昭和のなかでもっとも不穏な時代だ。

 前作ではもっぱら日暮里(にっぽり)渡辺町の暮愁庵(ぼしゅうあん)が舞台だったが、『草の花』では満洲が重要な舞台となる。東京女子医専を卒業した壽子が南満洲鉄道の営む大連病院に赴任することをきっかけに、三麗花は時代の激流に巻き込まれていく。

 前作では高浜虚子、初代中村吉右衛門といった実在の人物が物語に彩りを添えたが、続編にも川島芳子、甘粕正彦、満洲国皇帝溥儀(ふぎ)といった豪華ゲストが登場し、三麗花の歩みに関わってくる。ストーリーはもちろん創作だが、ゲストスターの纏(まと)う空気は本物になるよう努めた。

 『草の花』の校正刷に眼を通している時期、日本は大震災にみまわれた。地震当夜、私も都内の道路を四時間歩きつづけた。夜道を黙々と行く帰宅難民の列のなかで、敗戦直後、満洲から故国へ引揚げるひとたちの姿を、私はずっと考えていた。

 あの時代に較べれば、東北の被災地に較べれば、平成の東京はずっと平穏だ。だが、落ちついて句会ができることが、じつは得がたい幸福なのだと、いま、しみじみ思う。

草の花
三田 完・著

定価:1750円(税込) 発売日:2011年05月25日

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