周恩来はその晩年、末期癌(がん)と闘いながら仕事を続けた。そして、毛沢東から激しい攻撃を受けたにもかかわらず、死の床で毛沢東を讃(たた)える歌を口ずさんだ。
後者については、本書の解題でも少し触れている。
訳者の私は、本書(文庫版)の刊行の前に著者の高文謙氏に会い、こうした問題について話し合った。そして、以下のような興味深い見方を教えられた。
「実は周恩来が死の床で芝居をしていたと言う人もいます。死の間際まで、演技をしていたと言うのです」
「彼は自分の死後、毛沢東によって否定され、歴史的に抹殺されることを恐れていました。だから芝居をして、毛沢東を讃える歌を歌ってみせた。毛沢東への忠誠心をあえて示し続けたというわけです」
本書は、儒教思想の染み付いた周恩来が、臣下というものは君主に絶対に服従すべきだと考えていた、と指摘している。
周恩来にとって毛沢東は、中国革命の輝ける光であり、逆らうことなど考えられないほどのまばゆい存在だったとも言う。
しかし、ことはそれだけではすまないかもしれない、と高文謙氏は話した。 「周恩来は若い頃、京劇の女形を演じたことがありますが、それは素晴らしかったと言います。革命家にならなければ、名優になったと言う人もいる。私は周恩来が死の間際まで芝居を続けたという見方には完全には同意しませんが、まあ、芝居と本音とどちらも入り混じっていたかもしれない。複雑ですね、周恩来という人間は」
周恩来という人物の複雑さは、本書がすでに詳細に描き出している。誠実であり狡猾(こうかつ)でもあり、優しさと冷酷さをあわせ持ち、果断であったり優柔不断であったりする。
もっとも、人間はだれだって複雑と言えば複雑なのだから、これだけでは答えとしては十分でないかもしれない。
そもそも人間というものが、死の床にあっても、本心を隠して芝居を打つことができるのかどうか、ということも考える必要があるだろう。
ただしこちらについては、私は個人的に、できるはずだと思っている。なぜかと言うと、私自身がいま、病を得て死と向き合っているからだ。
やせ衰え、ペンを持つ力もなくなってしまった状態で、周恩来の気持ちを考えているからである。
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