アメリカ以外で組成されたベンチャーキャピタルは、銀行などの金融機関の資金を運用するため、保守的でリスクをとることを恐れるが、シリコンバレーでは過去に成功した人物のポケットマネーを運用することも多く、ハイリスク・ハイリターンを好む。このように、ごくごく初期にヒトとカネを一気に集めることができるのはアメリカだけであろう。
第三に英語圏という圧倒的な市場経済力だ。英語を母国語または第二言語としている人口は最低でも八億人だと言われている。ソフトウェアやウェブ上のサービスは、鉄鋼や石油を必要とする自動車製造や電力会社と異なり、製造原価はゼロに等しい。そのため初期開発費をどうやって回収するかが最大の関心事となる。ひとつのサービスを開発するために八億ドルかけた場合、英語版であれば八億人いる潜在顧客一人あたりの開発費は一ドルだが、日本語版であれば潜在顧客は一.三億人しかいないので六.一五ドルにもなる。つまり、同じサービスをするのに日本語版だと六倍もの対価を徴収できなければ競争にならないのだ。逆にいうと英語版の開発に日本語版の六倍もの開発費を投入してもよいということになる。
このようにアメリカという国そのものが、ベンチャービジネスの巨大インキュベーターなのだから、無数の会社が毎時毎分生まれてきている。いっぽうで無数の会社が毎日倒れているはずだ。その中でグーグルがスーパースターとして輝いている理由を一九九八年の設立時まで遡って探ったのが本書である。
一九九八年、著者はWindows98を出荷して絶好調のビル・ゲイツにインタビューを申し入れた。インタビュー中「最も恐れている挑戦者は?」と聞いた。この時ビル・ゲイツは沈思黙考したらしい。そしてその答えはオラクルでもアップルでも連邦政府でもなかった。彼は
「怖いのは、どこかのガレージで、まったく新しい何かを生み出している連中だ」
と答えたのだ。まさにこの年、ラリー・ペイジとサーゲイ・ブリンがスタンフォード大学近くのガレージでグーグルを創業した。このときペイジとブリンはご丁寧にもガレージの入り口に「グーグル世界本社(Google Worldwide Headquarters)」という看板を掲げていたという。のちのグーグルアースなど、地球規模だからこそ意味のあるサービスに繋がるグローバル性は、生誕のときからグーグルのDNAに刻み込まれていたのだ。
それから三年後の二〇〇一年、ビル・ゲイツと同い年生まれのエリック・シュミットが、マイクロソフトの長年のライバルであったノベルを退社し、グーグルのCEOに就任した。奇しくもこの二〇〇一年には、やはりこの二人と同い年生まれで、グーグルと同様、実家のガレージでアップルを設立したスティーブ・ジョブズがiTunesサービスを開始している。iTunesこそはiPodとiPhoneの母艦であり、のちにiPhoneやタブレットPCのiPadはグーグルのアンドロイド端末と一騎打ちをすることになる。まさに禍福(かふく)は糾(あざな)える縄の如し。水滸伝や八犬伝を彷彿とさせる光景がそこにある。英雄・好漢たちのカネと名誉をかけた戦いだ。
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『赤毛のアン論』松本侑子・著
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