東日本大震災発生から約1ヵ月半、4月27日に天皇・皇后両陛下は宮城県南三陸町の被災地を訪れた。それから5月11日の福島県の福島市と相馬市訪問まで、両陛下の東北慰問の旅は続いた。
避難所となった体育館で、膝をついて被災者に話しかける両陛下の姿は、昭和天皇・良子(ながこ)皇后の姿を知る者にとって、天皇・皇后はここまで変わったのか、と改めて考えさせるものであったろう。昭和天皇と皇后は一般の人に個人として話しかけることはなかったし、膝をついての慰問も行っていない。
天皇・皇后は、皇室という最も伝統的な空間に生きているが、その行動スタイルですら、大きく変わっていく。今回の伝記は、立憲君主としての昭和天皇の政治とのかかわりを中心に、家庭生活や行動スタイルの変化も含め、その生涯を描くものである。
昭和天皇は20世紀の最初の年に生まれ、ベルリンの壁が崩壊する1989年の初めに崩御した。太平洋戦争の敗北をはさみ、明治憲法の下では立憲君主として、新憲法の下では象徴天皇として生きた。この間に大きな変化があり、かつ皇室は秘密のヴェールに包まれているので、その生涯をとらえることはかなり難しい。歴史家・作家らが多くの書物で昭和天皇を描いてきたが、その像は相反する2つのイメージに分かれている。憲法の枠内で立憲君主として行動し責任感があって思慮深い「最高の天皇」との見方がある一方で、憲法を越えた権限を持ってそれを行使しながら、戦争責任を自覚しない「もっとも率直ならざる」君主とのとらえ方もある。
本書では、同時代に天皇の身近にいた人々が、その言動を書きとめた日記や書類など、できるかぎり信頼できる史料にもとづいて、昭和天皇の生涯を論じた。
たとえば、国立国会図書館憲政資料室等の原史料の中から、昭和天皇を間近で観察した倉富勇三郎枢密院議長の膨大で難読な日記など、右翼・保守派の残した記録を丹念に掘り起こした。彼らは昭和天皇に対し、かなり手厳しく、冷たい。権力中枢においては、当時から一般に普及していた神のような昭和天皇像とは大分違っていたのである。
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