――怜花はOL時代に木之内徹(きのうちとおる)という一回り年上の男性と恋に落ち、作家デビューした後も、長くその関係が続きます。でも『わたしは不誠実な男を好きになった』とあるように、数えきれぬほどの浮気や裏切りを受けます。
「21、2歳の女性が一回り年上の男性を好きになる感覚なんてなかなかわかりませんから、必死になって考えました。若い女の子の気持を書いて、おかしな小説になっていないか、前半は書いていてとても怖かった記憶があります」
――何度も裏切られても、どうしても木之内から離れられない怜花。作品全般に亘るその内面の細やかな描写は圧巻で、作品の大きな魅力になっていると思います。読むうちに怜花と心理的に同化する感覚がありました。
「この作品は今より少し昔の設定ですが、時代的なことはあまり意識せずに、普遍的な女性の反応を書こうと一生懸命考えました。そう考えて書いたことで、女性だけにではなく、男性にも通じるものが、もしかしたら描けたのかもしれません」
――木之内は一見ちゃらんぽらんなプレイボーイに見えますが、時折とても怖いことを言いますね。甘える怜花を『眼鏡違い』と突き放すところなど、本当にぞっとしました。
「でもそれがターニングポイントだったのかもしれません。あの突き放すような言葉がなければ、作家の咲良怜花は生まれなかったでしょうから。木之内を求めながら、何らかのコンプレックスをバネにしないと、怜花は書くことができない人なので」
――確かに後半、木之内の重大な裏切りの後になって、怜花は作家として驚異的な充実期に入りますね。そしてその後で、絶筆の原因となる「ある出来事」が起こります。
「前半は必死に考えながら書きましたが、後半は下手に自分の考えを入れると小説が小さくなってしまうと思えて、できるだけ考えないようにしました。作中に『蛇口になる』という表現がありますが、後半以降は咲良怜花の言霊(ことだま)を降ろす蛇口になることに徹しました。すると960枚まで書いたときに、今まで考えていた結末が『違う』ことが分かったんです。だからこのエピローグは最初に考えていたものとはまったく異なっています。
ミステリを書くときは物語に何らかの制御を加えて、最後のトリックのところまで行かなければなりませんが、この作品はミステリとしての結構を捨て、第三者的な言霊の力で書いた感じがあります。だから作者名を忘れて読んでもらえると嬉しいですね。読んだあと、あ、そういえば作者は男性だった、と思いだしてもらえれば」
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